2013年7月10日水曜日

『人間への挑戦状』 妙深寺報 平成24年8月号

物質文明とも科学技術文明とも言われる中で、人間は宗教や信仰の大切さを見失い、教えの理解や実践に無関心になりました。

短期間であるとしても、確かに科学技術によって作り出された様々なモノは、多くの人が宿命的に背負っていた貧しさや苦しさを豊かさや穏やかさに変えました。その恩恵は計り知れません。

しかし、光が強ければ強いほどその影も色濃くなるように、人類が得てきた恩恵の裏側で、自然界は傷つき、バランスまで奪われてしまいました。同時に人間の心や社会の在り方も、数万年もかけて作ってきた大切な何かを、失ってしまったのではないでしょうか。

相次ぐ自然災害だけではなく、人間社会を覆う諸問題の根底には、宗教や信仰を失い、歯止めが利かなくなった人間の、欲望や慢心、エゴイズムがあるのではないかと思います。

「人類の宗教の歴史」の著者・フレデリック・ルノワールは、

「宗教的信仰と儀礼を持たなかった人間社会は、記録されている限り一つもない」

と述べています。「宗教」「信仰」というものに注意を払わずに人間や社会を理解することは出来ないと指摘しているのです。

宗教や信仰が果たしてきた役割を特定の思想や社会制度が果たせると期待した時代もありましたが、その試みは現在のところうまくいっていません。

宗教や信仰は、人間教育に決定的な役割を果たします。ですから、人間が集まって形成する社会にも決定的な役割を果たすのです。

人間は生まれただけでは人間になれません。人間の子どもは狼に育てられれば狼になります。人間は、本能というシステムが起動していつのまにか人間になるという生物ではないのです。

いじめの問題が取り沙汰されています。おぞましいいじめの実態とそれを受けた少年の苦悩は想像を絶します。こうした事態を放置したか、あるいは気づけずにいた学校や教員、教育委員会の問題が指摘されています。

しかし、人間が人間になるための「教え」がなければ、こうしたことは絶えず起こってしまいます。自然界では、この世に生を受けた直後から厳しい生存競争が始まり、自分が優位に餌を得るために巣穴の兄弟を追い落とし、同種間でも優位を保つために争い続けます。これらは強い者を残して種を繁栄させようとする動物たちの本能と言われ、動物界や自然界では肯定されてしまうものなのです。

大人から子どもまで何が人間かを学べずにいれば、本能に任せて動物のように生きる者が増えても仕方ないでしょう。大切なことは「人間」を知ることだと思います。

仏陀だけが人間の中に神や仏を見出し、同時に悪魔や鬼を見出しました。人間こそ、宇宙の神秘に近づける特別な存在であると証明し、同時に本能に制御された動物にはない残虐性を持つ存在であるとも言明したのです。

これは人間を知る上で画期的なことでした。仏教は、常に人間の可能性と愚かさを説いてきました。戦争の要因となる宗教とは異なり、仏教は自身の中に鬼を見ました。

アルバート・アインシュタインは次のような言葉を遺しています。

「仏教は、近代科学と両立可能な唯一の宗教である」

仏教があれば、近代科学文明を阻害することなく、人間も社会も健全に発展してゆけるはずです。

八月には終戦記念日があります。原爆記念日もあり、戦没将兵や戦災横死者の慰霊を行うとともに、戦争の悲惨さを伝える様々な機会が設けられています。

NHK「戦争証言プロジェクト」では、戦争の当事者であった兵士や市民に証言を求め、その膨大なデータをホームページで配信しています。私は、これが今考え得る中で、戦争の悲惨さを伝える最も有効な方法だと思います。
http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/

この方々のお言葉や涙を、一人でも多くの方に見ていただきたい。私たちは近代日本が経験したあの戦争を、目を背けずに見据えなければなりません。

八月、拙著『仏教徒 坂本龍馬』が刊行されました。万感胸に迫ります。馴染みのない人物名が並び、面倒な言い回しが続いて辟易するかもしれません。それらはすべて私の才能の無さ、文章力の稚拙さ、頭の悪さです。申し訳ありません。

しかし、執筆に当たり、私には確信と覚悟がありました。この本は幕末の英雄・坂本龍馬を通じて、明治維新の闇に光を当て、日本には別の選択肢があったことを明らかにし、幕末維新の仏教改革者・長松清風を紹介して、正しい仏法による人々の真の幸福、国家安穏の道を提示するものです。

私は面白い本を書いたのではありません。真実だけに敬意を払い、タブーに触れるのも厭わず、この国の在り方を論じました。批判が出ることも承知しています。ただ、どのような批判が出ようと事実は事実です。私自身の類推で書いたことは一つもありません。すべて資料に遺されていることです。

龍馬は仏教徒でした。龍馬暗殺の後、その思想とは異なる勢力が明治政府の中枢を占拠しました。彼らは復古神道という偏った宗教思想によって神仏分離、廃仏毀釈という政策を断行してゆきました。これを推し進めたのは明治天皇の外祖父である中山忠能や岩倉具視、大国隆正、福羽美静、平田鐵胤等でした。その後、復古神道は国家神道へと形を変え、無惨な敗戦に至るまで日本を呪縛しました。

昭和二十一年元旦、昭和天皇は『新日本建設に関する詔書(通称「人間宣言」)』に於いて「五箇条の御誓文」に基づいた日本の再建を宣言しました。これはGHQの強制ではなく、天皇ご自身の要望によるものでした。その「御誓文」とは、龍馬の「船中八策」を三岡八郎が明文化したものです。実に七十七年の時を超えて蘇った明治維新の真の理想です。残念ながら、この時までに余りにも多くの血が流されてしまっていました。

私は、タブー視されている明治維新の闇に、坂本龍馬や長松清風と共に「仏教」を以て挑みました。靖国神社やキリスト教、堕落した宗門や慢心した僧侶について書きました。静かな覚悟を抱きながら、これから起こることを想像しています。

苦難や困難にも備えなければなりません。生きた仏教の再興は、日本人だけではなく、人間というものへの挑戦です。相応の覚悟が求められるでしょう。ありがたいことです。

「ブッダは実際には哲学を提唱しているのではない。彼は、人間に挑戦状を突きつけているのだ」
カール=グスタフ・ユング

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