もう、明日から寒参詣。
もう。
もー。
早い。
でも、気合いを入れ直して、頑張れる。
寒参詣があるから、いいスタートが切れます。
私たちに、寒参詣があってよかった。
つくづく、そうは思いませんか?
一年のはじめのスタートダッシュ。
凛とした空気を胸いっぱいに吸い込む朝。
お看経の開始を待つ薄暗い本堂。
その全てが、遠くにある宗教文化ではなく、身近にある私たちの信仰であり、未体験の人にはかわいそうなくらい分からない、本当に尊いものです。
幸せになるためには、アプリケーションソフトを次から次へと求めて、インストールしてもダメ。
OSを変えないと、OSをバージョンアップさせないと、ダメなんです。
OSとは、オペレーションソフトですよね。
アプリではなく、OSです。
みんなが探している情報(?)はアプリみたいなもので、流行りみたいだし、ただの知識みたい。
仏教でいうところの「信仰」というのは、オペレーションソフトで、人生に起こる様々なことを処理する基幹ソフトなんですよね。
それを、バージョンアップさせられるのが、寒参詣かなー。
もっと、詳しく話しておきたいのだけれど、年末年始もバタバタしてきて、ちょっとリズムとメロディが乱れてる。
そう、文章も、お話も、リズムがある、メロディがある。
ちょっと書かないと、乱れるんですよね。
もともと、お経というものも、いや、お祖師さまの書かれた御妙判というお書物も、声に出して読まないと、分からないはずです。
本で、目で、読んでも、お祖師さまのリズム、メロディ、その奥にあるハートというか、息吹というか、勢いというか、命というか、そこが分からない。
もちろん、南マガダ国の言葉で唱えることは出来ないから、お経文は難しいけれど、少なくとも受け継がれてきた魂は、声に出すと分かる。
だからこそ、『如説修行抄』を、声に出して読んでいる本門佛立宗の私たちは、すっごいなー。
あの、最もお祖師さまの「命」を感じられる御文を、声に出して、そのまま読んでいるのだから。
だから、熱々に感じますよね、お祖師さまの命、決意、勢い、情熱、覚悟、慈悲、いろいろなこと。
この御書を、妙講一座の中に入れて、弟子や信徒に拝読させるようになさった、やっぱり佛立開導 長松清風 日扇聖人は、すごい。
そういうことを考えて、夜やー。
明日からです。
徒然なるままに、また書いてしまった。
自分のリズムで。
明日から、頑張りましょうー。
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