2016年2月4日木曜日

京都佛立ミュージアムNEWS サンプル動画





「京都佛立ミュージアムNEWS」のサンプル動画

揚げ餅、大好き

長松寺の寒参詣、無事に終了いたしましたー。

最後のご供養は「揚げ餅」でした。

これを食べたことが無いという方、残念!

子どもの頃から寒参詣といえば「揚げ餅」で、本当に美味しいんですよねー。

お正月、ご宝前にお供えしたお鏡餅を切り、それを揚げて大根や椎茸、筍の入った温かいお汁に入れていただきます。

1ヶ月間、寒参詣でご供養を作ってくださった皆さまに感謝ですー。

妙深寺は明日が寒参詣の最終日。

頑張りましょう。

数十年前のネパール

節分が過ぎて、今日はもう立春。

春の訪れ。

まだ、寒いですが、「冬は必ず春となる」という祖訓のとおり、春が近づいています。

春を感じること、春が来ると信じることは、心に潤いをもたらすものですね。

連日、京都のご奉公が続いています。

京都の長松寺でも、寒参詣が続いています。

毎朝5時45分、大本山宥清寺より学生師が開導聖人護持のご宝前をお給仕するために来てくださいます。

ありがたいことです。

まだ、清行がネパールにおります。

ご祈願させていただかなければならない方々もたくさんおられます。

今日も、しっかりとご祈願させていただきます。

先日、清雄寺の小山ご講尊の下へお伺いいたしました。

春の門祖会、4月16日、17日に奉修させていただく、日博上人御50回忌のご唱導のお願いをさせていただきました。

その際、ネパールでのご弘通ご奉公についてご報告させていただいたのですが、古いアルバムを見せてくださいました。

もう数十年前、小山ご講尊が指田御導師と共にネパールを訪れておられた時の写真です。

美しい写真、ヒマラヤ、農村、そこに暮らす人びと。

丁寧にまとめられたアルバムに、カトマンズのことや、訪れた地域の地図がありました。

そこに、なんと「ヌワコット」という文字があり、驚きました。

カカニ峠から、ヌワコット郡も通られておられたのかなー。

いま、ご弘通の広がる地域も、様々な下種のご奉公があってのことなのでしょう。

ありがたく思いました。

到底ご弘通など出来ないと思っていた国や地域で、それが実現していること。

ただただ、感謝です。

今日も、清行の無事の帰国を祈ります。

2016年2月3日水曜日

「トランクの中の日本 〜戦争、平和、そして仏教〜」 図録入稿

「トランクの中の日本 〜戦争、平和、そして仏教〜」 展示図録入稿ー。

この時間、作業してる異常さ(笑)。

しかし、またまた、史上最高の図録が完成します。

もはや、図録ではない。

立派な本(笑)。

書きまくりましたー。

とにかく、みんなの思いを結集した図録が、ついに完成します。

少々達成感あり。

2016年2月2日火曜日

信仰の原点

ネパールから帰国して4日。

昨日の朝は朝参詣、ご供養当番、午前中はお助行、ご面会、午後13時から教務会議、夜19時半から局長室会議。

いろいろなご奉公がありますが、「班長さん、ありがとうございます」にも書かせていただいたとおり、その時、人生の、過酷な壁を、共に見上げてゆくことが、私たちのご奉公の最たるものと思います。

運命を、一人きりで乗り越えるのは容易ではなく。

「其の心、恋慕するによりてー」

恋慕渇仰の心を奮い起こして、生きて、臨むー。

帰国して、心の奥に残留している思いを忘れないように、大切にしています。

自他彼此、自分と他人、あいつとこいつ、生きると死ぬ。

ネパールでは、あまりにも、その境界が近く、低く、そのことが人生の厳しさを教え、だからこそ人間の謙虚さを育み、自然との近さを、否応なく感じられるということ。

私たちは清潔だけれど、どこか孤立していないか、浮いていないか、分断されてはいないかと、また深く考えていました。

巨大な自然界の中の一部であること、様々な生命の中のはかない一つであることを、実感する。

これは、とてつもなく大切なことだと思います。

千や万の説法を聞いて分からなかったことが、目の前で人が焼かれてゆくのを見たり、私たちが食する動物たちの、最期の叫びを聞いたりすることで、腑に落ちること、心に届くことがある。

何十回、何百回、御法門を聴聞しても、全く分からない、届かないのは、その素地に強烈な「境界」があるからです。

分からないことが、分からない。

古い仏道修行では、森の中の墓所(そこは埋葬せずただ遺体を置いてゆくだけの場所ですが)に行き、朽ちてゆく人の姿を何ヶ月も眺めるだけという修行もあったと伝えられています。

「臨終の事を習ふて後に他事を習ふべし」

とはいえ、如説修行抄にお示しのとおり、お祖師さまほどのお師匠さまから、朝に夕に直接教えていただいていても分からず、何かあった時に「いまはじめて驚き、肝を消して」というのですから、そのハードルは恐ろしく高いです。

正しく見て、正しく行う。

人生、ご信心。

パシュパティナートでは、本門佛立宗の僧侶だからと、荼毘に付される人の数メートル手前まで案内され、そこで御題目をお唱えしていました。

首を落とされる山羊や鶏たち。

さっきまで元気に動いていたものが、一瞬で動きを止める。

生と死。

その境界の絶対なることと、その境界の密接なること。

これが無常なのかと、分かっているつもりでしたが、あらためて感じました。

他にも驚いたことがありました。

土間、つまり土が固まっただけの家の中で、あぐらをかき、食器を下に置いて、そのまま食事をします。

自家製のヨーグルト、バッファローのミルクから作った乳製品や、どぶろく、干したもの、発酵させたもの、いろいろなものを出してくださり、それをそのままいただきます。

一つ一つが尊いご供養ですから、国や文化が違ってもすべて有難くいただきます。

本当に、すべて美味しいですし、ネパールに限らずお腹を壊したことは一度もありません。

来客者、そして家長から食べ、次に息子が食べ、お嫁さんや子どもたちは夜が遅くなってもその後に食事をします。

ミルキーババの息子さんは、ミルキーババが残したお皿のご飯を食べ始めました。

聞くと、それが当たり前のことだと言っていました。

なにか、「差別」ではなく、尊い「順序」がある。

簡単に、男尊女卑などと言えない、圧倒的な歴史と文化の力があります。

この食事の後が驚きます。

働き者のネパールの女性たちは、一生懸命に客をもてなしてくれます。

私たちのアルミ製の食器を片付けてくれるのですが、その食器をすぐ家の外に出します。

当然ながら犬がやってきて、残飯を残らず食べる。

驚きましたー。

日本人からすると、考えられないことです。

僕たちからすると、お父さんのお茶碗、お母さんのお茶碗、子どもたちのお茶碗すら、決まっているというか、あるもので。

お箸も、なんでも。

人間と、動物。

でも、このことからも、またたくさんのことを感じて、学べたように思います。

ネパールでは、一番年長の女性が最も朝早く起きることになっているそうです。

僕がビカスの家に泊まった時も、お母さんは5時前に起きて何かをなさっていました。

続いて15才の女の子も起き出して、外に出てみると牛や山羊に水や食事を与え、昨日の食器も洗ってくれていました。

犬が舐めて汚いな、と思う方がほとんどだと思いますが、よく考えてみるとそうでもない、と思いました。

日本でこうしたことをするつもりはありませんが、ネパールから何かを学ぶことがあるとすれば、この自分たちが引いている「境界」の大切さ、同時に曖昧さや愚かさだと思いました。

自分、他人、あいつ、こいつ、生と死。

無常が無常でなくなるのは、この境界を乗り越えることだから。

信仰の原点だと思います。

上行所伝の御題目によって、現証の御利益を顕し、無常と生死の大海を渡る。

虚しからず。

今日は、京都佛立ミュージアムの運営委員会です。

御教歌
「此ゆふべ 死すともよしと思ふ身に あしたもあらば法(のり)につかへむ」
「あすしらぬ 我身と思へくれぬまの けふハ人こそ悲しかりけれ」
「あすしらぬ 人の上とはきゝながら ゆくりなくしぬけふやある覧」

高祖日蓮大菩薩 御妙判
「夫以れば日蓮幼少の時より佛法を学び候しが、念願すらく人の寿命は無常也。出る気は入る気を待事なし、風の前の露尚譬にあらず。かしこき(賢)もはかなき(愚)も、老たるも若きも定め無き習(ならひ)也。されば先臨終の事を習ふて後に他事を習ふべしと思ひて」妙法尼御前御返事・昭定一五三五

「倩(つらつら)世間を観ずるに生死無常の理(ことわり)なれば生ずる者は必ず死す。されんば憂世の中のあだはかなき事、譬へば電光の如く朝露の日に向て消るに似たり。風の前の灯の消やすく、芭蕉の葉の破やすきに異ならず。人皆此無常を遁れず、終に一度は黄泉の旅に趣くべし。然れば冥途の旅を思に、闇闇としてくらければ日月星宿の光もなく、せめて灯燭とてともす火だにもなし。」松野殿ご返事・昭定一二六七

2016年2月1日月曜日

「班長さん、ありがとうございます。」 妙深寺役中テキスト 平成28年2月号

ありがとうございます。

寒参詣も終わりに近づきました。

自分で立てた目標を達成できたでしょうか。

いずれにしても、一年で最もご信心の増進する時期が、この二月であると教えていただきます。

不思議なものですが、ご信心の高まっている時に限って、頑張ったからこそ現証の御利益を感得する人もあれば、いろいろな課題や問題に直面する人もいます。

なぜ頑張ったのに、こんなことになるのだろうかと首を傾げたくなることもあります。

私もそういう経験をしたことがありました。

しかし、御利益をいただく人を羨むのは簡単ですが、どちらかと言うと「今だからこそ」という改良のきっかけをいただいた人の方が、本当の御利益をいただいた方と言えるのではないでしょうか。

私の場合はそうだったように思っています。

「良薬口に苦し」という言葉は本当にそのとおりです。

自分で自分の姿を見ることは出来ませんし、自分の悪い癖に自分自身で気づける人は少ないものです。

「ギョッ」とするようなことや「ドキッ」とするようなことがあって、人は初めて気づきます。

自分の幅を広げるには、自分の好まない場所に身を置き、経験したことのない経験を積むことです。

出来るからする、好きだからやるというだけでは、自分のレベルの低さや了見の狭さ、器量の小ささや偏りや隔たりが分からないものです。

ご信心も同様です。

寒参詣中の一月、ネパール大地震の支援活動で現地を訪れました。

妙深寺から先発としてコレイア清行師、スリランカからは良潤師、インドからはシェーカー君が参加してくれました。

ネパールは、日本からすれば想像もつかないほどの後進国です。

毎日どこかで停電がありますし、私たちが泊まるような安いホテルでは温かいお湯も出ません。

トイレに紙が置かれている場所は少なく、そうなるとお尻は横にある桶のお水をすくって拭かなければなりません。

クラクションが鳴り響き、道路にはゴミが散乱しています。何もかも日本と違うのでビックリします。

しかし、もっと深くお付き合いすると、そうした面とは裏腹に、とても信心深く、実はきれい好きで、私たちより清潔であることが分かります。

逆に「日本人は紙でお尻を拭いているというけれど本当ですか?汚いと思わないのですか?」と聞かれ、返事に困ることすらあります。

「所変われば品変わる」ということかもしれませんが、人間の根底はそれほど変わりはしません。

古いテレビ番組の「川口浩探検隊」に出てくるようなネパールの村の中で一夜を過ごしました。鼻にビアスをした女性たちがお給仕してくれました。

三匹の鶏を捌き、お湯につけながら目の前で毛を取ります。

家の中の全員が土間の上で寝ました。

私のすぐ隣には十五歳の美しい少女が寝息を立てていました。

このような国や文化の中で、どこに出しても恥ずかしくない、純粋な本門佛立宗の信徒が生まれています。

わずか半年のことです。

支援活動に参加した教講、特に体当たりのご奉公を重ねてきた清行師のおかげです。

誰もが心から「南無妙法蓮華経」と御題目をお唱えし、
「私はこのご信心で救われたのです」
「御題目を唱えたら天気が変わったのです」
と現証の御利益を喜びあっているのです。

私たちはまだ頭でっかちなのでしょう。

もっと純粋にならなければ、ご弘通は出来ないのかもしれません。

見習いましょう。 

「トランクの中の日本 戦争、平和、そして仏教」フィナーレ ありがとうござ い ました!

ありがとうございます。

昨日、終戦70年特別展示「トランクの中の日本 戦争、平和、そして仏教」が最終日を迎えました。

約半年間の開催でしたが、最終日の昨日だけで173名、総合計8674名の来館者をいただきました。

交通の便の悪いミュージアムとして、驚異的な来館者数、歴史的な企画展となりました。

いつもと同じことではありますが、この企画展もスタッフやボランティアの皆さまのお力をお借りして運営することが出来ました。

最終日も、スタッフからご報告をいただきました。

「今朝も10時過ぎから本山宥清寺所属のご信者さん夫婦が最終日なのでと来館されました。

お客様は午前中までで50名近くの来館。

午後からも途切れなく来られ本日最終的に173(宗内19)名の来館となりました。

のべ総数8674名(宗内1357名、宗外7317名)。

宗内では大阪、日風寺の青年会などの方々11名が、熱心に観てらっしゃいました。

大阪、高槻、兵庫など、宗内の方々の来館もありました。

今日もご遠方からの方も多くいらっしゃってます。

千葉からのご家族、テレビの番組をみて、この為に来館。

7歳の少年からは「来て良かった」とアンケートに書いていただいています。

最終日なのでと中年の女性もこのために東京から。

姫路からの男性の方は中学校の先生で、長時間写真をみてらして、修学旅行(長崎へ)の参考資料にと、ポスター5枚とチラシをも持って帰られました。

50代ぐらいの女性も教育関係の方で、本も購入、ポスター、チラシとお持ちかえり、また図録に興味があるので見にきますと仰っていました。

最終日なのでとの来館者、知人からの紹介なども多数。

今日も「トランクの中の日本」を10冊他諸々販売しました。

森谷さん、神田さん、亀村ご夫婦、主任にもご協力を頂き、助かりました。

ありがとうございました。

今日も北澤造園の方も来館。椿の勢いが悪いのでまた 数日うちにと仰っていました。

最終日、無事に終わり、感謝あり、寂しくも…

次回「ハチドリの一滴」に向けて広報頑張ってと思っています。

ありがとうございました。」

本当に、ありがとうございました。

秋に咲く桜

  今日はお祖師さまの祥月ご命日。法華経の行者、法華経を生きた、法華経そのもののご生涯、その凄さ、凄まじさ、優しさ、思いやり、大慈大悲。 行動力、忍耐力、不屈、情熱、慈悲深さ。同じ人間であることが本当にありがたい。人間の可能性をお示しくださいました。私たちもそのように生きたい。生...