2018年2月28日水曜日

ヒーロー






























2人と別れたガヤ空港。


チェックインの後、しばらくの間、せつなくなる。


厳しいことも言ったけれど、心が痛い。


本当に2人とも頑張っていて、涙が出ました。


『銀河鉄道の父』を読んでいたからかな。


今朝はみんなで霊鷲山に行きました。


少し遅い時間であったことと、ガヤにフライトがある時期だったこともあり、法座の上は各国からの巡礼者があふれていました。


清翔師、良潤師、清朋師、それぞれ凛々しい顔をしているので、記念の写真を撮りました。


まだ完成には至っていませんが、清翔師と清朋師に後を託して搭乗しました。


良潤師はパトナからデリーを経由してコロンボに戻るので、ラージギールで別れました。


いま、バンコクに到着したところです。


みんな僕の弟子であることを後悔しているかな。


でも、本当に一人ひとりをかけがえのないヒーローのように思い、胸が熱くなります。


安全と健康を第一に、十分に気をつけて、お互いに頑張りましょう。


同志へ。

2018年2月27日火曜日

インドの太陽






















今回、痛切に感じたことは再びラージギールが国際的な仏教の交流拠点になりつつあるということでした。


海外からの巡礼者だけではなく、村越くんをはじめ、国際色豊かなナーランダー大学の真摯な学生たちとの出逢いが、そう感じた理由です。


ラージギールには現在進行中の国立ナーランダー大学のプロジェクトがあり、空港の建設計画まであります。


もちろん計画が先行して着工や完成が遅れるのはインドの常だとしても、彼らの存在には驚き、感動しました。


今夜もさっきまで村越くんの論文のテーマである「殺生戒について」議論を重ねていました。


この御縁は、全くもって清朋師がラージギールで築いたものです。


昼間は親会場に行って過ごしました。


数日前からセレモニーが続き、今夜が新婚初夜というシェーカーもガヤから駆けつけてお看経させていただきました。


一緒にお参詣してくれたアミット君は数年前に良潤師がご奉安してくれたシェーカーの友人です。


当時はベンガルール(旧称・バンガロール)の大手IT企業に勤める青年でした。


ところが、今や彼は自分で会社を設立し、ベンガルールとムンバイにオフィスを構え大成功しています。


すべてご信心のおかげだと感激し、周囲の人にも御題目の有難さを説いて回っています。


近日中に良潤師がお教化のご奉公に行けたらと思っています。


みんなで今後のプログラムについて意見交換しました。


清翔師と清朋師は頑張って、踏ん張って、ご奉公を重ねています。


清翔師は1日3食の調理、作業員へのお茶出し、子どもたちの世話などを担当し、清朋師は建設作業の行程管理や今回のプログラムのマネジメントをしていました。


彼ら2人がここにいるという現実が、壮大な仏教史の1ページになることを期待しています。


清朋にはもっと栄養バランスを考えて食事を摂るように伝えています。


少し痩せていて心配しましたが、本人の考えもあるようなので、とにかく今後はご奉公だと思って食事を摂るように指導しました。


清翔師も涙ぐましい努力を重ねています。この厳しい修行が彼にとって最高の宝物になることを願います。


多くの友人も近くに住んでおり、その彼らが真面目な人柄であることも直接会って確認したので、少し安心しています。


また、ラージギールでは日蓮聖人門下連合会で交流のある日本山妙法寺が大きな寺院を建立しているため、ご挨拶に伺いました。


私が生まれた頃にインドに来て、そのままラージギールに住んでおられる小此木ご住職に面談させていただき、本門佛立宗の僧侶がここに滞在してご奉公していることなどをご挨拶させていただきました。


夕方になるとインドらしい真っ赤な太陽が悠久の大地を照らします。


動けば動くほど新しい御縁が生まれてご弘通ご奉公が前に進みます。


「精一杯」という言葉を僕はよく使うけれど、生きている間は悔いなく、本当に精一杯のご奉公を続けたい。


一人ひとりの命は全宇宙の宝よりも優れています。


つまり「かけがえがない」ということです。


どこまで、どう使えば、その宝物の価値を最大化することができるのか。


僕たちはこうして挑戦を続けているし、みんなも精一杯に頑張っている。


インドに有馬清朋あり、と言われるようになる日を夢見ています。


同時に、清翔師にはここであらゆることを経験してきてもらいたい。


次から次へと、素晴らしい御縁が生まれています。


動けば動く、御法さま。


止まっていたら、御法さまも手の貸しようがないのだから。


「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学びなさい」


今生人界の思い出が、山のように積み重なってゆきます。


南無妙法蓮華経ー。

2018年2月26日月曜日

Bouddhiste sans Frontieres




















妙深寺のインド・ラージギール親会場は田園の中にあります。


窓からは美しい田園風景が広がり、穏やかな時間が過ぎてゆきます。


現在は最終建設工事が行われており、残念ながら今回には間に合いませんでしたが子どもたちの勉強やお参りに最適な環境が整いそうです。


ただ、ここはラージギールの中心部からは少し離れた村の中にあり、建立の目的が特別です。


インド社会、聖地・ラージギールの村の中で、そこに暮らす人びとの心と溶け合いながら、長期的な視野でこちらも学んでゆこうと思います。


それに、ビハール州は未曾有のバブルで、首都・デリーとビハール州の州都・パトナの地価高騰率が同じというデータもあり、私たちにはラージギールの中心部は手が出ませんでした。


ここは「布教」というよりも長い目で見た、聖地・ラージギール、霊鷲山の麓で行う佛立ボランティアの象徴的な場所です。


極貧の子どもたちの教育を支え、かすかなチャンスを広げてあげられたら、これほどの喜びはありません。


1ヶ月200円で、1人の子どもの奨学金(scholarship)を与えることが出来ます。


「Bouddhiste sans Frontieres(BSF / Buddhists without Borders・国境なき仏教徒たち)」


私たちの活動にご協力いただきたい。


難しいことは分からなくても、私たちの本気の活動、行い、生き様を、見ていただきたい(涙)。


アビ君は清朋師が知り合ったラージギールの青年です。


実はアビ君はわざわざラージギールから親会場まで来て、旧・本堂の撤去を手伝っている際にサソリに噛まれてしまいました。


その日の内に清朋師から連絡を受け、ご祈願させていただきました。


痛みがひどく心配しましたが、無事に回復しました。


今回も2日間にわたりご奉公してくれています。


昨日子どもたちに通訳してくれていたのもアビ君でした。


とにかく、今回のインド出張は有意義なご奉公です。


ありがとうございます。

ラージギールから




























ラージギールの親会場に行き、村の子どもたちと一座の法要が終わりました。


仮本堂の撤去などに時間がかかり、親会場の全容はまだお見せできるレベルに到達していませんが、今日も工事を続けています。


何とか1階正面の壁面だけでも美しく整えたいと思っていましたが、いつもながらそれもちょっと間に合いません(汗)。


それでも子どもたちは元気に集まり、この場所で学び、人生をより良く切り開いてゆこうと思ってくれています。


いつもながらハチドリのひとしずくですが、全世界で尊ばれている『妙法蓮華経』が説かれた聖地、旧・王舎城(ラージギール)にほど近い村で暮らす人びとと共にご奉公を進めます。


仏教の説く偏見や差別のない、あらゆるものが一つとなり、生き生きと人間の可能性を追求する世界を夢見て。


昨日とは一転、打って変わって、ここには極貧の人びとたちが溢れています。


いや、見えないだけで、どこにでも、おられる。


この世界に生まれてこなかった方がよかった、この世界は苦しみばかりだと、毎日そう思うしかないような生活があります。


首に草の入った袋をかけられたままの痩せ細った馬。


テリトリーを守るために吠え続ける犬。


人間だって同じように逃げ出せず、縛られ、毎日が希望も何も通用しないような厳しい生活があります。


そこには貧富の差、もっと奥には宗教が生み出した差別や偏見、絶対的な格差があって。


自由と平和と平等なんて、いったいどこにあるんですか?と真剣に問いかけられる。


夜は清朋師が知り合ったロヒットさんをはじめ、ナーランダー大学の学生の方々に来ていただいて会食しました。


日本から勉強に来られている唯一の日本人・村越くんをはじめ、ペルーからの留学生マニさん、ブラジルからの留学生・フェルナンド君と、本当に有意義な時間を過ごすことが出来ました。


インド哲学、仏教哲学、宗教社会学。


マニさんが言う「エンゲージ・ブディズム」とは言い換えれば「プラクティカル・ブディズム」で、全く私たちのいただいている教えそのもののことです。


話題は仏教の歴史から哲学、根本分裂、アヒンサーと多岐にわたり、いくら時間があっても足りないくらいでした。


3月3日、京都の日蓮宗の本山・本法寺で講演させていただきますが、テーマは「空飛ぶお坊さんの仏教講座 ~海外から再発見する日蓮聖人の教え~」となりました。


彼らと話をしていてあらためて思うのは「本化の仏教(プリモーディアル・ブディズム)」は「いつでも出来る」「どこでも出来る」「一緒に出来る」という普遍的なものであること。


観念的なものではなく、能動的な、実践的なものであること。


「結果が見える」ということも大切なポイントです。


法華経の説かれた霊鷲山を見上げるこの場所で、こうした会合が出来ることも極めて有難いことでした。


歩みをゆるめず、止めずに精進します。


親会場の建設は途中ですが、必ずや現地の子どもたちが未来を切り開くステキな学校になります。


今日も一日、ありがとうございました。


ありがとうございます。

I Was Brought to My Senses

  10月14日、FMヨコハマ「横浜ラグーン」を放送させていただきました。おかげをいただいて放送が出来ております。ありがとうございます。 リスナー様から、家族みんなでお母さまの看病をして、お見送りしたというお便りがありました。素晴らしい時間を過ごせた、とのこと。本当にありがたいで...