2008年11月12日水曜日

スリランカの新聞にて

 スリランカからメールがあり、11月9日付けの「The Nation Economist」という新聞に記事が紹介されたことを教えてくれた。

 この記事は、現地の旅行社が紹介したもので、スリランカHBSが記事を紹介したわけではないので誤字も多いのだが、いずれにしても10周年の記念ご奉公が、広くスリランカ国内に報道していただけたことは有難い。

 あの熱帯のスリランカのご奉公は、日本が日々に寒くなっているのを感じるにつけて遠くなってしまうように思う。早く、書き綴っていかないと。

美しいポスター

 本山でのご奉公中、廊下で見事な、きれいな、ポスター、全国の各お寺や布教区で作られた傑作が張り出されていて、とても感動した。

 特に、目を見張ったのは、関越布教区のくんげ会(お寺の子どもたちの会)のポスター。サマーキャンプのポスターのようだが、その見事なデザイン、モチーフ、テーマ、見ていて参加したくなるようなポスターに、ちょっと言葉を失った。

 私は勝手に「佛立イズム」と呼んでいるが、本門佛立宗は開導聖人のスピリットを受け継いで、何を「イズム」にしたらいいか、よく考えるべきだと思っている。それは、たとえば「佛立は徹底的に僧俗一体(在家主義の本当の意義を実践する)」とか、「御講中心」とか、いろいろと思い浮かぶが、もっと身近にあるのは「センスの良さ」ではないかと思う。

 こう書いたら、何か軽薄なように思われるかもしれないが、開導聖人をルーツに持っているのならば、お金をかけるよりもセンスの良さで勝負、ということになるのではないだろうか。巨大な新興宗教の教団もあるし、政治活動を主にしている宗教団体もある。現代の宗教は、そうした資金力や政治力を背景に、一種のプロバガンダと思われても仕方ないような広告や資料を用意する。反面、私たちは派手な広報活動などしておらず、彼らからすれば素人っぽいし、「下手」だとも言える。

 しかし、開導聖人は、そんな資金力や政治力など持っていなくても、強いご信心と、ご弘通に対する情熱、その繊細な感覚から生まれ育まれた感性によって、他に類のないご奉公を進められた。二世日聞上人や三世日随上人、四世日教上人に代表されるように、開導聖人の進取の気風、ずば抜けたセンスは受け継がれ、本門佛立講の教務は既成教団の僧侶らとは一線を画して、信心強盛、慈悲も、気骨も、行動力も、そして、それまでの僧侶らには無かったセンスも持ち合わせておられた。講務・ご信者の方々も、在家根性(御教歌:衣着てわれは出家とほこるなよ それを在家の根性といふ)で創意溢れたご奉公を進め、佛立信徒としての誇りと自覚に満ちておられたはずである。

 佛立教講は、この開導聖人の気風を学ばせていただいて、せめてご信心とご弘通ご奉公に傾ける情熱によって、創意工夫に溢れた「デザイン力」を持つべきだと思う。センスが無ければ佛立ではない、くらいに思ってもいいのではないか。センスがなければ開導聖人の気風に合わぬ、とも言えるのではないか。なにか、軽薄かな。いや、本気でそう思うのだが。佛立は、お金をかけるよりもセンスで勝負、って思う。本当に、貴重な浄財だからお金などかけられないし。

 つまり、話が脱線したが、これらのポスターには、開導聖人の気風が感じられて、感動した、嬉しかったということである。その他のポスターも、書き手の子どもたちや見守る大人の方々のご信心が表れていて、いいなぁ、と。

 妙深寺でも、そういう気風を感じてくださってか、最近の広報部のデザイン、ご奉公はすごい。黒崎部長が頑張ってくださっている。写真にしても、ビデオにしても、ポスターにしても、センスがあるんだよなぁ。黒崎さんは、原水爆禁止2008年・世界大会の公式ポスターに採用されるほどのデザイン力のある方だから、そのセンス、実力は本物。すごい。まさに、佛立イズム!美しいポスター、ありがたい。

 さて、妙深寺は、いよいよ高祖会ウィーク。準備もギリギリのところまで来た。韓国の方々の来日や離日の時間に変更があり、対応に追われているようだが、それでもキッチリとご奉公してくださっているから有難い。

2008年11月11日火曜日

スリランカのパレード風景

 忙しく、毎日のことを書いていると、海外でのご奉公レポートが追いつかない。
 考えてみると、私の海外レポートはいつも尻つぼみ。途中で帰国してしまって、次の日から(あるいは当日から)日本での過密なご奉公がスタートするので、海外ご奉公の最後の部分についての書き込みが追いつかなくなってしまう。結局、ブラジルにしてもイタリアにしても、書き切れていないと思う。
 4月のブラジルご奉公でも、最後の方は書けていないと思う。6月のイタリアご奉公もヴェネチア、ミラノについての記述が欠けている。今回のスリランカは10周年の記念団参だから、何とか書き続けたいと思ってる。
 なぜ、こんなに書いているかというと、これも何度か書いたが、不特定多数の方々に海外で頑張ってくださっているご信者さんのことをお伝えしたいし、海外弘通で活躍されている御導師や御講師のことをお知りいただいて、信行の糧にしていただきたいと思っているからだ。そういう触媒になりたい。中継のご奉公をさせていただきたい。きっと、これを読んでくださる方が、海外のご信者さんのことを身近に思い、自分の所属するお寺などで話をしてくれるだろうと期待しているのだ。「遠い国の、珍しい話」ではなく、もっともっと身近にしたい。もっと、表に出して、ご披露したい。
 話を戻す。スリランカの街を大型バスで移動するのだが、これが非常に面白い。風景は昭和30年代と局長が仰っていたが、学校などの横を通り過ぎると運動している姿、昔懐かしいパレードなどを見ることが出来る。今、横浜などでは全く見かけなくなったが、「ちんどん屋さん」のような姿の人も見ることができる。面白かった。
 これは、キャンディからアヌラダープラに向かう途中で見たパレード。竹馬のようなものを足にくっつけて、足長おじさんのような青年。パレードを作っている子どもたちも真剣な顔でかわいかった。本当に、良い国だ。でも、バスが通り過ぎると、日本人ということを見つけていっせいに手を振ってくれる。人なつこい。ありがたい。大好き、スリランカ。次は、一人で1月にスリランカのご奉公。

本山奉仕会にて

 今回は、第200回となる本山奉仕会。

 ちょうど、本山は大屋根瓦の改修工事と宝蔵の解体・新築工事に入っていて、すでに御本尊や御尊像は法悦殿に御遷座されておられる。その中でも、200回記念となる本山奉仕会は開催された。

 特に、今回の加行者は布教区長などの御導師方で、宗会議員もお務めになられている方々。そうした方々が一同に本山に会し、修行をされる。

 それにしても、ご奉公中に本山内の庫裡に待機するわけだが、回廊のガラス、電灯、うぐいす張りの廊下、窓から見える紅葉など、本当に「美しいなぁ」と思う。子どもの頃から、全く変わっていない。日峰上人や小千代さま、千鶴子姉さんにくっついて、物心ついた頃に来させていただいた本山の庫裡、一の間、二の間、回廊の雰囲気は、全く変わらない。変わらないことの美しさ、素晴らしさを、つくづく勉強させていただける。

 何度か書いたと思うが、私は京都で生まれた。四条通りの鴨川を渡った南側にある、南座の裏で生まれた。関西生まれ、京都生まれ、ということになるのだが、生まれてすぐ横浜に行き、ずっと横浜で育った。京都で生まれ育った父。その父は、横浜でご奉公されている間、あまり京都弁を使っておられなかったように思う。関西の方から電話があれば京都弁を使うが、意識してかどうか分からないが、父は京都弁を使わずに非常に横浜の気風に合わせ、標準的な言葉を駆使してご奉公されていたように思う。

 関西と関東では微妙に法要式にも違いがあり、京都生まれながら横浜でご奉公する父は、それを使い分けておられた。関東でのご奉公ではそのとおりにされ、京都に戻るとそのようにされ。しかし、「いつか、一つに」と仰っておられたが。

 私も、妙深寺と長松寺という東西で住職をしている以上は、このように使い分けができれば良いのだが、長松寺の御法門を京都弁でと言われても出来ないし、出来ていない。法要式については、立教開宗750年の時に横浜のお寺では「本山式」にさせていただいたので、既に統一されている。有難いことだ。

 気風や性格でいえば、やはり生まれは京都でも自分の性格は横浜の影響を受けている。文明開化、異文化を受け入れる港町、そんな京都とは対極にある街の気質というものが自分の前半生に強い影響を与えていたと思う。いま、本山の回廊を眺めたり、庭の紅葉を見ながら、京都が守っているもの、そこにある気質の美しさも学ぶことができるようになった。それは、有難いことだと思う。

 まだまだ、分かっているようで分かっていないことばかり。勉強せねば。

2008年11月9日日曜日

七五三の祝参詣


 今日は11時から七五三の祝参詣。
 毎日、連続して教区御講があり、毎夜会議もある。慌ただしい中でパソコンがスタック。どうしようもなく重たくなっていたので、起動ディスクを入れて出荷時の状態に戻した。
 それも、忙しい中なので、イライラ。詰め込んだファイルは移動させなければならないし、時間がかかる。ほとんどのファイルを諦めた。なんで、こんなに重たくなるのかな?
 昨夜、ようやく作業が完成し、サクサク動くノートパソコンに戻った。たった4年くらいしか使っていないのに、こんなんでは哀しい。
 七五三のお参詣者、かわいいなぁ。ほんと、かわいい。これから、教区御講に出ます。ありがたい。

2008年11月7日金曜日

オバマ新米国大統領 勝利宣言

 やあ、シカゴのみなさん。
 ここにもし、米国では何でも可能だということを疑い、建国者の夢が生き続けていることに疑問を持ち、私たちの民主主義の力に疑念を抱く人がいるなら、今夜がその「答え」だ。
 その「答え」を示したのは(投票所の)学校や教会にできた、3時間、4時間も(投票を)待った人々の列だ。彼らの多くには人生で初めての経験だったが、「今回は違うだろう、今回は私たちの声によって変えられる」と信じて票を投じた。
 「答え」を出したのは若者や高齢者、裕福な人や貧しい人、民主党員や共和党員、黒人、白人、ヒスパニック、アジア系、ネイティブアメリカン、同性愛者とそうでない人、身体障害者やそうでない人たちだ。米国人は、我々が決して個人の寄せ集めや、単なる赤色の州(共和党)と青色の州(民主党)の集まりではないというメッセージを世界に発信した。
 我々は今も、そしてこれからも、アメリカ合衆国そのものだ。
 その「答え」は、何かを達成できることなど冷笑し、恐れ、疑えとあまりにも長い間、言われ続けてきた人々を、歴史の円弧に手をかけて向きを変え、もう一度、より良い明日のための希望へと導くものだ。
 ここまで来るのに長い時間がかかった。しかし今夜、我々がこの日の選挙で成し遂げたこの瞬間、米国に変革が訪れた。

2008年11月6日木曜日

海外弘通特別委員会

 今日は、海外弘通特別委員会。

 来年度、さらに大きく海外弘通が一歩を踏み出す予感。来年度、さまざまなご奉公を考えてくださっている。青少年の一座でも、すでに海外でご弘通に励む方々の姿が、日本の私たちにとってプラスになることを証明してくれた。いよいよ、国内外の交流で、相互に励まし合える。

 夕方、横浜に戻り、局長室会。

秋に咲く桜

  今日はお祖師さまの祥月ご命日。法華経の行者、法華経を生きた、法華経そのもののご生涯、その凄さ、凄まじさ、優しさ、思いやり、大慈大悲。 行動力、忍耐力、不屈、情熱、慈悲深さ。同じ人間であることが本当にありがたい。人間の可能性をお示しくださいました。私たちもそのように生きたい。生...