2008年1月29日火曜日

スリランカの刑務所

 成田行きのトランジットまで時間があるので、少しだけ今回のスリランカご奉公のトピックスを紹介したいと思う。
 今回、特に大きなご奉公として、週末の土曜日と日曜日に集中してしまったが、ゴール市での御講ミーティングとカルタラに近いベルワラ市に出来た新しいHBSセンターで大御本尊の奉安式を土曜日に奉修し、日曜日の午前にメイン・センターでの御総講、午後にコロンボの異なるセンター建設の起工式と御講を奉修させていただいた。それぞれ、たくさんのお参詣をいただき、大変に有難かった。
 月曜日、つまり昨日だが、私たちはラトゥナプラの刑務所を訪れた。ウィージェセケラ氏がご信心をお勧めしている方が刑務所の所長さんで、私もよく知っている上座部仏教の僧侶・チャンダララットゥナさんが管轄している地域の刑務所ということで、一度HBSの僧侶に来てもらって囚人たちに話をきかせてもらいたいということだった。現地に着くと、巨大な壁が目の前にそびえたち、こちらに迫ってきて、ちょっとだけ緊張。
 このご奉公は、連絡をもらっていたし、スケジュールにも書かれていた。しかし、いつものように、頭の中でいくら考えても仕方がないので、スリランカの刑務所がどんな雰囲気なのか余り想像をしないで当日になってしまった。スピーチも2~3つ用意していたが、どんなお話をするかは当日決めようと思っていた。コロンボから車で2時間。刑務所が近づいてきてようやくイメージが湧いてきたのに、現地に着いて想像を遙かに超えたものであると分かった。ありがたい。
 刑務所の前で所長さんやチャンダララットゥナさんが出迎えてくれて挨拶を交わすと、すぐに刑務所の壁の中へ。2重の鉄格子があっという間に開かれて、広場のようになっている場所に導かれた。さすが、チャンダララットゥナさんは堂に入ったもので、平然と歩いていく。僕もそれにつられて平然と歩いていく。いや、平然と歩いていく「ふり」をしていく。だって、向こう側に、ダダダーッと囚人の方々(?)が並んでおられる。遠巻きに、遠巻きに、壁を背にして、「どんなのが来るんだ?」と思っているのだろうか、とにかく遠巻きに私を見ていた。
 鵜の目鷹の目の中を、ゆっくりと歩いていく。もう、頼みの綱のウィージェセケラ氏もどこにいるのか分からない。ただ、チャンダララットゥナさんと一緒に、人垣の向こう側にあるテントに向かった。「ツーン」とした、表現のしようがない「におい」が鼻を突く。これだけの人数が1ヵ所に暮らしているのだから、そうした生活臭なのか、あるいは下水か、何らかの汚物か分からないが、今までに体験したことのない臭い。いや、体験できて、ありがたい。
 テントは人垣の向こう側にあるので、当然ながら囚人の方々の間を通り抜ける。「暴動でも起きたらどうするんだろうな」と思いながら、警備もなく歩いていく。近づくと、ボロボロのシャツやズボンを着ている囚人たち。眼がギラギラしていて、壊れかけのペットボトルを一人一人がぶら下げている。きっと水を飲むために使う携帯品の一つなのだろう。刑務所の中には病院の棟もあった。確かに、足の無い方、異様なコブが出来てしまっている方、皮膚が溶けてハンセン病を患っておられるような方もいる。
 所長に「この刑務所にはどのような犯罪をした人が収監されているのですか?」と聞くと、フランケンシュタインのような(すいません)屈強な所長は、「殺人、強盗、レイプなど、なんでも」とあっさり。なるほど。分かりました。
 目の前からグルッと囚人がテントを取り囲む。ビデオを撮ってあるので、ものすごい映像だと思う。さすがに少しだけドキドキした。司会者からご紹介をいただき、所長のウェルカム・スピーチ、続いてチャンダララットゥナさんがお話をした。それに耳を傾ける。いや、傾けている「ふり」をする。というのは、所長は少しだけ英語で話をしてくれたから分かるが、チャンダララットゥナさんは完全にシンハラ語だから何を言っているのか分からないのだ。
 チャンダララットゥナさんは上座部仏教の僧侶だが、そもそも上座部仏教には「宗派感覚」があまりない。「同じ仏教徒」という考えの中で、「本門佛立宗は素晴らしい。御題目を広めよう」と協力をし続けてくれている。来日直後に私に連絡をくれて、横浜にも京都にも訪問していただいた。昨年の夏はシンガポールでも会っていた。彼は福岡御導師の御法門を何度も何度も聴聞しているから、本門佛立宗にも、その教えにも非常に詳しい。
 シンハラ語で何を言っているか分からないスピーチの中でも、「メー(「えー」という意味)、ヨコハマ」「セイジュン・ナガマツ」とか「マハヤナ(大乗仏教という意味)」とか「サッダルマ・プンダリーキャ(法華経)~!!」とか「ホンモンブツリュウシュウ、キエラ(意味不明)」とか「ナムミョウホウレンゲキョウ」という言葉を使って、声を張り上げて話をしてくれている。ウィージェセケラさんに聞くと、チャンダララットゥナさんから私の紹介と、法華経、本門佛立宗、御題目について説明してくれているという。ありがたい。
 私のスピーチは、難しい話を一切しないことにした。開口一番、「なぁ、みなさん、日本のお坊さんなんて、見たこと無いでしょう?」と、ざっくばらんに話しかけてウケを狙った。完全に外れた。シーン。はい、分かりました。失敗。
 それでもめげず、彼らにも分かるように、自分の運命と闘うこと、その為に自力では非常におぼつかないこと、負けそうになってしまうこと、そういう弱い私たちのために、ブッダが教えてくれたこと、残してくださった教えがあることをお話しした。法華経の中でブッダはヴィシシュタ・チャーリトラに「ダルマ」「マントラ」を「末法」という世界にデリバリーするように命じられた。「末法(Mappo era)」というのは今の世界のことで、そこで苦しみ、迷う人々のために、ヴィシシュタ・チャーリトラは極東(ファーイースト)の日本という国に、「日蓮」という人として生まれた。そして、法華経の中で約束されていたとおり、ブッダから預かった「マントラ」を届けてくれた。それを「ナムミョウホウレンゲキョウ」という、と。みんなも、希望を捨ててはいけない、負けてはいけない、御題目をお唱えして、カルマを変えなさい、変えられるから、変えましょう、難しくない、自分を励まし、自分の心に力がもらえる、御題目をお唱えしよう、と説かせていただいた。本当にシンプルな、誰にでも出来る修行なのだ。ありがたい。
 この御題目を唱え(チャント・リサイト)して、自分のカルマを変えていく、変えていけるというのが、法華経の教えだ、とお話した後、私の体験談をいくつか紹介し、実際に御題目口唱の練習をする。
「はい、南無」「ナム」、「そう、妙」「ミョウ」~。そして、囚人の人たちの大合唱。大御本尊を、申し訳ないが、ご弘通のために、囚人たちの前に、いつも持って行っている「三脚」を一気に立てて奉安させていただき、「さぁ、お唱えしましょう」と言う。驚くべきことに、ほとんどの囚人が唱えていた。背中から御題目の響き、バイブレーションが伝わってくる。ありがたい、これが末法相応の修行、上行所伝の御題目を流布し、誰もが御利益をいただけるという所以であると思う。すぐに、ピタッと一つになる。誰もが出来る。ほんの数分の練習によって。そして、その修行は奥が深い。
 取り急いで書いてしまったが、この後のご挨拶は本当に「ビビッた」。この御題目口唱を以てセッションを終了したのだが、直後に数百人の囚人がテントの前の私に一気に駆け寄ってきて、スリランカ式のご挨拶、つまり土下座をして頭を下げ、僧侶の足に触れる(実際に触れる人は少ないが)。その向かってき方が、その前で入れ替わり立ち替わりしてくれるのが、鬼気迫るもので、本当に驚いた。私は余程のことがないかぎり驚かないのだが、ゾクゾクっとしてしまった。この状況を正確に伝えようとするなら、言い方は悪いが、鯉がえさを食べるためにジャバジャバとなっているような勢い、だったのだ。正直、少しだけ怖かった。
 しかし、一人一人の目を見つめることにした。みんな、やはり、いつものように、微笑みを返してくれる。そう、みんなも、自分の運命や、自分自身を呪っているかもしれないが、まだ諦めたわけではないのだ。何とか戦おうとしている、何とか立ち直ろうとしているはずだ。そこにブッダの教えがリーチできなくてどうするか。御題目を知り、彼らは、自分の運命に、状況に、何とか立ち向かおうとしてくれたのではないか。
 実際に、何人かの囚人がウィージェセケラさんをつかまえて、次の会合はないのか、今日の教えのテキストはないのか等々、質問を受けていた。私にも、英語で話しかけてくる囚人もいた。「ナムミョウホウレンゲキョウ、アイ・ネバー・フォゲット(南無妙法蓮華経、私は絶対に忘れないよ)」と言ってくれた。有難い。少しでも役に立てたのかしら。日本から来て、まさら刑務所で講演するとは思っていなかったが、それでも「人間」に「光」を届けるのが私たちの使命だから、与えられたご奉公にベストを尽くす。それが佛立教務道であり、私たちの生き甲斐だから。そこに全身全霊を傾けないでどうするか。
 最後に、みんなと一緒に記念写真を撮った。半分も入っていないが。ちょっと顔がこわばっているかな?それでも、ありがた~い。

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