旅を綴る紀行文に読みやすさを求めてはいけない。名著『パタゴニア』は、ブルース・チャトウィンの五感を通じてパタゴニアを旅する本だ。豊かな感性で世界を眺めた彼は48才で世を去った。
この世は、ある者が見れば天国で、ある者が見れば地獄だ。金持ちが天国の住人で、貧しいから地獄にいるとは限らない。健康も、病気も、成功も、失敗も、出会いも、別れも、その価値や意味が分かる人と、分からない人とでは、その目に映る世界、その住む世界は、全く異なっているだろう。
いや、この宇宙も大自然も、元来悠然とそこにあるだけだが、人間の心は、それを様々に受け止め、様々に映し出してしまう。それだけなのだ。だから、何より大切なのは、自分の心の磨き方、感性の在り方となるのだろう。
人間は思考を用いて時空を超えることができる。旅をしながら、現在から過去、そして未来を行き来する。
旅人は、ゴールより過程の大切さを知っている。そこで、何を見て、何を思い出し、何を発見して、何を始めるか。
「旅は賢者をさらに賢者とするが、馬鹿をもっと馬鹿にする。」
至言だろう。海外旅行や留学が容易なっても、さほど賢者が増えたわけではない。腑抜けも慢心者も増えた。愚か者にとって、旅は薬よりも毒になる。非日常に焦がれるよりも現実を見据えて責任を果たせということか。
尊敬する先輩に聞かせてもらった話がある。深夜の第三京浜。保土ヶ谷料金所を過ぎたサービスエリアに車を停めて、先輩は米国大陸を横断した時の話を聞かせてくれた。確か私が18才の頃のことだったと思う。
1970年代。大学に通うか、世界を見るか。大学の入学と同時に先輩は親から4年分の学費を渡された。好きにしろと言う。
大学に通いながら、彼は渡米を思い立った。一人でアメリカに渡り、西海岸でバイクを買った。様々な街を訪れながら、ニューヨークを目指した。
東を目指して、延々と真っ直ぐな道を走る。真っ直ぐな道では集中力も散漫になる。暇だからバイクを運転しながら曲芸もしたくなる。そんなことをしていると、砂漠のど真ん中で大事故を起こした。当然と言えば当然だ。
気がついたら病院のベッドで寝ていた。ひどい身体だった。通りがかった人が近くの街の病院に運んでくれたらしい。歯も、足の骨も折れていた。バイクは街で直してくれているという。そのままその名前も知らない田舎町で過ごすことになった。
少し動けるようになると時間を持て余す。松葉杖をつきながら、病院の近くにあった池を眺めるのが日課になった。そこで、ある高齢の老婦人に出会った。
「あなた、どこから来たの?」
「日本から来ました。」
「へえ、そうなの。で、その日本というのはどこにあるの?」
「えー?おばあちゃん、日本も知らないの?おばあちゃん、何もしらないんだなー。あのね、日本っていうのはね、、、、』
先輩は日本が目覚しい発展を遂げている国であることをはじめ、色々な角度から日本について説明したんだという。
その話を優しく微笑みながら聞いていた老婦人は、話が一段落した後で、言った。
「そんな遠くから来たのー。すごいねー。私は、80年生きているけど、この街から一度も出たことが無いんだよ。でもね、私はね、愛する家族に囲まれて、本当〜に幸せなんだよー。」
なぜか、老婦人の無知を諭すように日本について勢いよく説明していた先輩は、この老婦人の話を聞いて、言葉が出なくなったのだという。
自分は日本を離れて、こうして遠い国を旅している。若い自分は、世界中の情報を知ることが出来る。決断さえすれば世界中に旅することができる。しかし、果たして、それは幸せなことだろうか。人生にとって、本当に大切な、知るべきことを知り、学ぶべきことを学んでいるだろうか。おばあちゃんが無知なのではなく、自分が無知に思えたのだ。
先輩は、その後バイクに乗ってニューヨークに着いた。バイクに「For sale」と書いてバイクを売り、帰国便のチケットを買った。帰国してから大学を卒業し、今も社会の最前線で活躍されている。いずれにしても、私は18才の時に聞いたこの話が忘れられないでいる。
その後、僕も世界中の色々な場所を訪れるようになった。あれから25年近く経つが、今でも行く先々でこの話を思い出す。
旅先で感じたことを、どこかに書き留めておきたい。イスラエルの空港で入国拒否されそうになったこと。最初にスリランカの空港に着いた時の心境。ガンジス川の夜明け、メキシコ湾の夕暮れ。
そこで出会った人との会話を、何十年経っても、忘れずに憶えておきたい。
2012年9月28日金曜日
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