2013年9月23日月曜日

一郎と楢夫に

取り憑かれたように、資料を読み漁って、類推や思いつきではなく、資料に裏打ちされて、原文に明らかにされていることを、しっかりと伝えられたらと思います。

清耀師の着眼点が、今回の企画展のポイント。賢治と法華経。お伝えしたいことばかり。法華経を敬う私たちに、賢治ほどの深い洞察力と法華経の思想を伝えねばならないという情熱があるか。試されていると思っています。

『ひかりの素足』

「こわいことはない。

おまへたちの罪は この世界を包む大きな徳の力にくらべれば

太陽の光とあざみの棘のさきの小さな露のやうなもんだ。

なんにもこわいことはない。」


「お前はも一度あのもとの世界に帰るのだ。

お前は すなほないゝ子供だ。

よくあの棘の野原で弟を棄てなかった。

あの時やぶれたお前の足は

いまはもうはだしで 

悪い剣の林を行くことができるぞ。

今の心持を決して離れるな。

お前の国には こゝから沢山の人たちが行ってゐる。

よく探して ほんたうの道を習へ。」

生まれ変わり、死に変わり。

やっぱり、法華経の信仰をしている者に、表と裏なんて、あり得ない。真っ直ぐ、真っすぐ。それしかない。

でないと、一郎と、楢夫に、申し訳ない。

0 件のコメント:

今般の皇室典範改正案について

  明治維新は、単なる政治革命ではなかった。日本の宗教秩序を破壊し、国家神道を軸に天皇制国家を再編する宗教革命であった。この点については拙著『仏教徒 坂本龍馬』に詳述した。 現在進められている皇室典範改正案を見ると、維新後に生まれた明治国家の亡霊が再び立ち上がってきたように感じる...