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9月 教区御講 御法門
「慈悲のなさを自覚する。今こそ慈悲のお折伏」
御教歌
「いはざれば おのれをよしと思ふものに いはぬはむじひいふは慈悲なり」
最も反省しているのはこのこと。この御教歌のこと。
結局、慈悲がない。
結局、無慈悲。
見過ごしてる。
あきらめてる。
いい人になってる。
結局、無慈悲。
見過ごしてる。
あきらめてる。
いい人になってる。
慈悲があれば、言う。
見過ごせない。
あなた、大丈夫?
どうしたの?
おかしいぞ。
やめるべきだ。
見過ごせない。
あなた、大丈夫?
どうしたの?
おかしいぞ。
やめるべきだ。
やめなさい。
言います。
嫌われても、憎まれても、恨まれても、慈悲があれば、言う。
言います。
嫌われても、憎まれても、恨まれても、慈悲があれば、言う。
そこを、考えてみなさい、とお示し。
今のあなたは、どうですか?
最近のあなたは、慈悲がありましたか?
それとも、慈悲がなかったか。
最近のあなたは、慈悲がありましたか?
それとも、慈悲がなかったか。
開導聖人の御指南
「折伏をわすれたる口唱は無益なり、」3-124
「折伏は慈悲の最極也。御利生の門を開く鍵は折伏也。」
「人、折伏せざればわが信心下る」8-26
この御教歌に寄せて、最後の行に別の御教歌があります。
「人の子はさてしもおかん我子なら 聞捨て見捨てせぬは親也」
御指南
「折伏をして万人ににくまるゝとも教主釈尊おひとりにほめられたらばそれでたんのう。誰が何といふともままよ。助けたまふは唯御一人、其師を尋ぬれば凡師也と。弟子は申に及ばざる。」12-250
慈悲のない人に成仏はありません。
慈悲の菩薩行、その表れ、最たる実践、修行であるお折伏ができない人に、成仏はない。許されない。
今こそ、自分の慈悲のなさを自覚して、お折伏ができるように。大切なこと、ご信心の筋、そこから外れた心得違い、勘違い、慢心、懈怠、謗法、罪障を、伝えられるように、慈悲の心を奮い起こして、今一度、お折伏できる信者を目指しなさい、佛立信心の基本、お折伏の大事をお教えくださる御教歌です。
罪障消滅のため、御利益のため、自分のため、家族のため、大切な人のため、この社会、この世界のために、今だからこそ、お折伏しなさい、お折伏を忘れてはならない、お折伏できるご信心、ご信者さんを目指しなさい、とお示しくださる御教歌でございます。
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