2009年5月13日水曜日

世界を駆けめぐる

 昨日のお助行、ありがとうございました。無事に終了したと聞き、みんなで喜んだ。とにかく、続けてご祈願をお願いしたい。
 今朝、10時からブラジルとのウェブ会議。ブラジル側も、5つの拠点に分かれてログイン。ブラジルは日本の20倍以上の国土だから、ウェブ会議のシステムを大活用している。ちょっと会議で集まろうとしても、深夜バスで1日中走り続けなければならない。時間の短縮、尊い浄財の削減。遠くて、なかなか会うことの出来ない御講師方と、親密にコミュニケーションできる。何度も紹介してきたが、あの会議は日本とブラジルのサンパウロ・日教寺を結んでいた。だから、ブラジルの御導師や御講師方はサンパウロに集まっていたのだ。今回は、アカウントが増えたので、はじめてブラジルでも各地でログインして効率的な会議が出来た。ありがたい。
 それにしても、眠い。あちらは、夜の10時。こちらは朝の10時。テクノロジーの進化で遠くの国も身近に感じられるが、それでも地球は大きい。時差で、ようやくそれを感じる。それにしても、この時間だから、御講師の中にはリラックスした格好で、Tシャツや短パンでウェブ会議に参加している者もいる。ラテンの気質。オープンで、楽しくて、頼もしい。ありがたぁい。
 世界中を飛び回ってきて、ご弘通の友が地球上のあらゆるところにいてくれることが嬉しい。去年の1月はスリランカ、2月はイタリア、3月と4月はアメリカ、ブラジルからフランス、6月はイタリア、8月にアメリカに行き、10月にはスリランカへのご奉公。本当に、去年はめまぐるしく世界を駆け抜けた。逆に、今年は、1月のスリランカのみ。ちょっと、休憩だ。逆に、あちらから御導師や御講師方、ご信者の方々が来てくれることが多くなってる。
 スリランカから急遽ディリーパ君が横浜に来た。今月末にはブラジルから鈴木師夫妻が来られる。8月には、世界各国の青年会の代表者が九州に集まる。総勢15名ちかくになる。うれしい。かけがえの無い機会になるはずだ。そうしなければならない。
 ディリーパ君については、ゆっくりと書きたい。日本に到着した夜、早速ラーメンを食べさせていただいたらしい(食べさせられた?)。美味しかったと。スリランカの「はにかみ王子」。まさに、貴公子だ。妙深寺に朝参詣すれば、もれなくディリーパ君に会える。ぜひ、お参詣を。

2009年5月12日火曜日

ありがとうございました。

いま、御講が終わり、お寺に向かっています。

同時に、メールが入り、リコちゃんの手術が無事に終わったと連絡がありました。ありがたいです。

朝から、本堂でたくさんのお助行をいただき、本堂から二席の御講席でもお参詣の方々と一緒に言上、ご祈願していただき、本当にありがとうございました。

お父さまからメールをいただきました。

→すべて無事に終了し、部屋のベッドにリコが帰ってきました。いまはまだ麻酔でグッスリ眠っています。麻酔→手術→麻酔が覚め、手術室から出てくるまで約5時間。お助行ありがとうございます。皆様に宜しくお伝えください。ご報告御礼まで。

どうか、皆さん、続けて、経過良好、無事養育成長のご祈願をお願いいたします。

ありがとうございました。

ご祈願のお願いします

いま、朝9時から12時まで、藤本リコちゃんの手術が行われています。手術の成功、経過良好、無事養育成長のご祈願を、どうかお願いいたします。

まだ、1才のリコちゃんが、一人で手術を受けています。僕たちには何も出来ませんが、ありがたいことに、御題目があります。遠くても、職場でも学校でも、車の中でも電車の中でもいいです。リコちゃんのために、ご祈願をお願いします。

どうか、お願いします。ありがとうございます。お願いします。

2009年5月7日木曜日

『おくりびと』

 アカデミー賞・外国語映画賞を受賞したことで、全世界から注目を集めた映画「おくりびと」。各国で上映され、高い評価を得続けている。暗いニュースばかり溢れる中で、久しぶりの朗報となった。

 日本映画として初めてオスカーを受賞した快挙に日本中が沸いた。世界が認めたその映画の内容とは、実は日本人ですら馴染みの薄い、ある職業に関するものだった。

 主人公は東京で夢に破れ、妻を連れて生まれ故郷である山形へと移り住む。就職先を探している中、ふと目にとまった求人広告。「旅のお手伝い」と書かれていた広告に、旅行代理店だと思って面接へ行く。

 面接を受けてみると、その業務内容とは「旅」は旅でも「死出の旅」をサポートする葬祭業、特に遺体の「納棺」をする仕事だった。

 親の遺体すらまともに見たこともない主人公は戸惑うが、社長に連れられて仕事を始めてゆく。

 映画は、現代で社会の片隅へと追いやられている「死」とそれに関わる人々や出来事を描き出した。
 本来、あらゆる人間にとって「死」は欠かせない通過点であり、誰もが経験してゆくものである。しかし、今やそれらは病院の中に閉じこめられたり、特別な人々にのみ委ねられたりしている。見て見ぬふり、本能的に忌み嫌われて、敬遠しがちな世界が、最も身近で遠い「おくりびと」の世界ということになる。

 履歴書にも目を通さず、二万円を渡されて即採用となった主人公。月給は五十万円と言い渡される。特に仕事のあてもない彼は、迷いながらも就職することになった。

 最初の仕事で、孤独死した老婆の遺体を納棺する。数週間を経過した遺体に身も凍るほどの経験をしたが、幾たびか「死」や「遺体」と向き合って仕事をしてゆく中で、充実感や使命感を抱いてゆく。

 嘔吐するほどの経験をし、死臭が気になり、銭湯に行って鼻の中まで石けんで洗っていた主人公が、遺族と共に死者の尊厳を守りつつ、「死出の旅」へと送り出す仕事に感動を覚えていく。

 彼の仕事の内容を知って、妻は「穢らわしい」と言って出て行き、友人も「挨拶せんでいい」「もっとマシな仕事さ就けや」と言い放つ。しかし、その友人の母の死などを通して、彼らも彼の仕事に畏敬の念を抱くようになってゆく。

 納棺をする主演の本木雅弘氏の演技が美しかった。タブー視されがちな世界やそこに生きる人々を、ユーモアを交えて紹介してくれた。山形の田舎の小さな物語は、世界の人々の感動を誘った。「死」から学ぶことがある。「死」を除外した「生」などあり得ない。

 「先臨終の事を習ふて後に他事を習ふべし」とお祖師さまが仰せになられたことを忘れてはならない。    

 しかし、「涙が止まらなかった」「感動しました」という観客の声を聞きながら、「ちょっと待てよ」と思う。この映画には僧侶の姿が見当たらない。出ているとしても、付け足しのようなものに過ぎない。やはり、何かおかしくないか。

 私たちにとって、「おくりびと」は珍しい話ではない。世間は忌避していても、本物の仏教徒は今も身近に死を見ているし、ご信者の中に亡くなった方がいれば特別なことでもなく駆けつけ、深夜でもその家に伺って枕経をさせていただく。「寂光で開導聖人にお目通りするのに、病院の浴衣では申し訳ない」と、生前の礼服に近い物をお召しいただく。私が補助講師で最初に教えていただいたご奉公は、ご遺体にお洋服を着けていただくことだった。僧侶だからではない。

 ご信者の皆さんと一緒にご遺体の枕もとで御題目をお唱えする。硬くなった身体が柔らかくなり、お召し替えをさせていただいたり、手にお数珠をかけさせていただいたり。このご奉公も教務とご信者さんでさせていただいてきたのだ。

 俗習のような、頭への三角布や手甲も脚絆も着けない。頭陀袋に六文銭など入れもしない。それは本当に仏教なのかと首をかしげる。御題目のみ。これが、普通なのだ。

 法号も死後に買うものではなく、故人が生前の功徳でいただくもの。何より、ご信心がなければ意味がない。生死に一貫しているものが信仰なのだから。

 本門佛立宗のご信者さんたちは、社会から敬遠されがちな場所や人の所へ、率先して出向いてご奉公してきてくださった。

 親しくない方でも、ご病気の方がおられると聞けばお伺いをしてお助行し、ご祈願する。貧しい方のお宅でも、その方が苦しい状態から逃れられるように心を尽くす。

 ご信者のご家族の訃報を聞けば、忙しい予定をやりくりして、枕経からお通夜、お葬式まで一生懸命にご奉公される。葬儀屋さんではない。「無償」の「ご奉公」である。これらは「おくりびと」の何万倍も有難いではないか。本門佛立宗のご信者方こそ、本当の「おくりびと」であり、目には見えないがアカデミー賞に輝いているはずだ。

 しかし、映画に僧侶の姿はない。それは映画の原点といわれている青木新門氏の著書「納棺夫日記」を読むと理由が分かる。そこには、実際に「納棺夫」として数多く葬儀の現場を見てきた著者の、葬式坊主に堕した僧侶への軽蔑が記されているし、世にある信仰への懐疑的な姿勢が明らかにされている。

 著作を読み進めていくと、次のような言葉が出てくる。
「『死』は医者が見つめ、『死体』は葬儀屋が見つめ、『死者』は愛する人が見つめ、僧侶は『死も死体も死者』もなるべく見ないようにして、お布施を数えている」

 本を読んでいると、何とも言えない気持ちになる。恥ずかしながら、僧侶の堕落は世の人の知るところだ。しかし、本門佛立宗の教講にこれは当たらない。私たちは、「死」も見つめ、「死体」も見つめ、「死者」も見つめる。これが、佛立の文化であり、教えであり、真実。それを著者は知らない。いや、知っていたとしても屈折して眺めている。

 「納棺夫」だった著者の経験は尊敬に値するが、親鸞に傾倒し、特に、御題目のご信心を屈折して見ていることが哀しい。全般に、広範な知識がありながら、隠者のような自己解釈が目立つ。宗教者でも信仰者でもないのだから仕方がないといえばそうだが、あまりに残念だ。

 浄土三部経・無量寿経の偈文、浄土真宗では「讃仏偈」というが、その冒頭にある「光顔巍巍」を、御仏の真意を脇に置いて著者が感じた世界として広げていく。このブログでも先日紹介したばかりの井村和清氏著「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」の言葉や宮沢賢治の詩、その他多くの言葉や著書を結びつけて、結果的には親鸞や浄土信仰の世界を紹介している。それは、現場に徹した著者個人の到達点ではあるが、無理に結びつけられた宮沢賢治や他の人にとっては心外な話ではないか。彼に指導できる浄土真宗の僧侶はいないだろう。現場主義者で博学な著者が真実の仏教を理解することも難しいように思う。

 「宗々の祖師におろかはあるまいと いふて佛によらぬ信心」

 「慢心のおこりはじめや師を捨て おのれ師匠にならんとぞする」

 「ものしりが信者の敵となるをりと しりて相手にせぬぞかしこき」

 死者への理解はできても他者への理解は難しい。やはり、著者にとって納棺とはあくまでも「仕事」であったのだと思う。このアカデミー賞を受賞した映画「おくりびと」は、「納棺夫日記」と一線を画した。著者の青木氏は、映画の舞台が富山ではなく山形になっていたことや上記のような本人の宗教観が反映されていないことなどから、映画「おくりびと」と関係することを拒否したという。これは、結果的には幸いだったと思う。偏った宗教観が映画化されなかったのだから。

 いずれにしても、葬儀社の進化は著しい。遺体のお召し替えや湯灌等、もう素人の出る幕ではないと言われてしまう。しかし、そんな時代になっても佛立信仰が色あせてはいけない。私たちは、仕事ではなく、亡くなった方の枕元に座り、ご遺体と向き合い、ご遺族とも向き合う。正しく御仏の教えを実践して寂光にお送りする、お帰りいただくのである。

 「生き恥かいても死に恥かくな」「死に化粧は自分では出来ない」「死に顔に責任を持て」とは先住が常に教えてくださったことであり、門下に受け継がれてきた教えだ。死体が腐ることくらい知っている。しかし、その「死」の姿の中に、私たちは「生」を見よと教えていただくのだ。

 今や「おくりびと」の充実感や使命感を抱いている佛立の信者も少なくなってきたように感じる。難しいことだと思う人が多いのかもしれないし、世間的な感覚でご奉公を敬遠する人が、佛立宗のご信者の中にもおられるようになったからかもしれない。もちろん、佛立信者全員に「納棺しなさい」とは言わない。しかし、まだこうしたご奉公をしたことがないという人にも、私たち佛立信者は「ご信心」で「おくりびと」の主人公が感じたような充実感や使命感を抱き、心が満たされるようになることを知ってほしい。ごくごく、自然に、自他を越えた生死に関与できる。その中で、膨大なことを学べる。「死」を見据えるからこそ「生」が輝きを増すことだけは真実だ。

 私は、佛立宗のご信者のみなさんが、アカデミー賞の受賞者のような気持ちでいる。一般的に遠ざけられがちな世界で、ひたむきにご奉公してきてくださった。本当に、ありがたい。みんな、一隅(かたすみ)を照らす人だったのだから。

 いま、国内でもこうした人たちにスポットが当たるようになったことは嬉しい。その上で、本門佛立宗のご信者みなさんが、常に「おくりびと」であったこと、「おくりびと」であることを知って欲しい。

まいりました

 どうしても、書き上げなければならない原稿。頭を抱えながら、させていただいたが、こんな時間になってしまった。眠い。とにかく、眠い。

 何度かチェックしたが、明日の朝、原稿を見たら文章になっていないかも。困った。それではだめ。ご奉公にならぬ。申し訳ない。今月は、苦しかった。

2009年5月5日火曜日

アシュリーちゃんの旅立ち

 ゆかちゃんからのメールに、アシュリーちゃんのことが書かれていた。
 ゆかちゃんは、先月末に手術を受けた。毎朝、術後経過良好のご祈願をさせていただいているが。いま、闘病中のゆかちゃんからのメールに、難病と闘ってきたアシュリーちゃんのニュースと彼女が生前語っていた言葉が寄せられていて、ゆかちゃんは、意味のないことは一つもない、自分も頑張る、ありがとうございますと、前向きな言葉でメールを結んでくれていた。本当に、ありがたい。
 遺伝子の異常により、通常の人に比べ約10倍の速度で老化が進む難病「プロジェリア」。患者数は世界で30人~40人しかいないと言われ、平均寿命は13歳といわれている恐ろしい病である。日本でもフジテレビの「サイエンスミステリー」など、何度かアシュリーさんの闘病生活を記録したドキュメンタリー番組が放送され、この難病や、アシュリーちゃんについて知る人も多かったと思う。過酷な運命の中で、ひたむきに、明るく生きる彼女と、彼女を支える母、家族、友人たち。 そのアシュリー・ヘギさんが亡くなった。享年17才。新聞等に彼女が生前語っていた言葉が紹介されていた。
「プロジェリアという病気をどう思っているかは、昔と変わってないわ。わたしがプロジェリアだということには、ちゃんとした理由があるの。神様が与えてくれたものだから、すてきなことなのよ。だから、わたしは大丈夫」。
この言葉を、ゆかちゃんは私にメールしてくれたのだった。
 私も、彼女は「私は幸せよ」と言って笑う姿に、ひれ伏す思いがした。「衆生病む故に、菩薩また病む」とは、彼女の言葉から教えていただくようなお言葉。病に苦しむ人が、どれほど励まされることだろう。彼女ほど、過酷な運命と病に向き合っている人など、そうはいない。病のある人だけではなく、健康な人の心にも、彼女の言葉は突き刺さるはずだ。
 彼女は、こうも言っていた。「プロジェリアじゃなければいいのに、なんて思わないわ。わたしは、わたしという人間であることが幸せだもの」。本当に、あらためて、ひれ伏す思いになる。
 お祖師さまは、
「病ある人佛になるべきよしとかれて候。」
と仰せになっておられる。病のある人が仏になる、とまで御妙判されている。そこで、気づくことがある。そこから、はじまることがある。その方の言葉、生き方、生き様が、人を教え、導いてくれる。気づかせてくれる、大切なものがなにか、を。
 彼女は、その言葉の中で「神様が与えてくれた」と表現している。この部分にだけは、お祖師さまの言葉を思い返すと、気にはなる。どうしても、「神が与えた病」と聞いてしまうと、聖書の「ヨブ記」を思い出す。
 神と悪魔が勝負をして、敬虔な信者であったヨブを試す。それでも信仰を捨てないか、と。家畜を殺し、子どもたちを殺し、最後はヨブ自身に恐ろしい病を与えて彼の信仰を試す。それでも、信仰を捨てないヨブを、最後に誉めることにはなるが、「神が与えた病」ということを、「法」「因果」の仏教的な視点から見てみると、どうしても違和感が残る。因果を離れて、神の一存で病になったり、ならなかったり、ということではない。一神教と仏教の違いを、どうしても考えてしまう。ヤボかもしれぬが。
 しかし、いずれにしても、Something Greatを信じ、アシュリーちゃんは素晴らしい感性で病を受け入れ、生きていること、生かされていることに感謝し、精一杯生きた。そのことに感激し、自ら学ばせていただき、反省し、感謝したい。私たちも、精一杯生きなければ。
 そして、いま、病にある人のために、できることを、させていただきたい。どうか、日頃お願いしている方々へのご祈願、お看経をよろしくお願いします。私も、もっともっともっと、自分の在り方を見つめて、改めて、全身全霊で頑張ろう。

2009年5月4日月曜日

小さな花たち

 いよいよ、5月がスタート。あっという間にゴールデンウィーク。あまり、私たちには関係ないが、世の中はお休みの方が多いらしい。
 スタートダッシュをしようと思っているところに、1日の朝から「横浜市の高校生が豚インフルエンザに感染の疑い」という報道が出て、少々驚きながら月始総講を迎えた。立正安国論の御正当年、いろいろ、ある。当たり前だが、病院は横浜市民病院。妙深寺から車で5分程度、距離にして2~3キロしか離れていない。「ついに」という気持ちになった。メキシコ発の新型インフルエンザが、これもあっという間にこれ程近くまで来るとは。翌日、感染の疑いなしということで、ホッと一息。過剰報道は気になるが。
 いま、本堂は、スッポリとシールドに包まれている。開導会に間に合うようにと、外装修復工事をはじめて6月中に完成する予定。私たちの法城。みんなの妙深寺。昭和46年に竣工した本堂。大切に大切に、護持させていただきたい。今回は、特に、外壁の亀裂や浸食などをチェックしながら修復してゆくことの方がメイン。その上で丹念に塗装をしていく。現在、すでに下地から第一段階の本塗装がはじまった。
 妙深寺の境内地に咲いている花の写真を撮ってみた。気をつけてみてみると、大きな桜の木や藤棚だけではなく、この時期は小さな花も愛おしく、愛らしく、精一杯咲いている。綺麗だ。見事だ。
 5月1日は、月始総講に引き続き、協議会、教務会。教務会の後で、2月に結婚した清康師と綾子ちゃんから教務部と清和会(御講師方の奥さまたち)にご供養。御礼の気持ちを込めて、ということだった。みんなで一緒にいただいた。お志、ありがたい。ますます元気に頑張って。
 2日の朝、いま藤村さんが連れ参詣されている方とお話ができた。お仕事の関係でお世話になっている方のご子息とのことで、私より少し若い方。ご結婚もされており、お子さんもお二人いるのだが、今は身体と心のバランスがうまく取れずに困っているようで、ご両親から藤村さんにお話があり、「ぜひ、お寺に行ってみよう」ということで、1週間のお参詣をしているとのこと。ご両親から、それだけ信頼していただいている藤村さん、すごいなぁ、と思いつつ、私もその方のお力になりたいと思った。お話を聞きながら、とにかく、この御題目は心の薬、頭を使う必要もない、足を運んで、口を使って、唱え重ねていただきたい、とお伝えした。いろいろと、お話を聞いて嬉しかった。いつものように、出されているお薬の処方箋を見せていただきながら、状態を推し量りつつ。必ず、現証の御利益をいただくはず。これまで、何人の方が、同じ状態から、あっという間に心のエネルギーを取り戻したか。
 2日、そのまま、お見舞いに行かせていただいた。お見舞い。重篤な、もう、最期の日がすぐそこに迫っているような状態にある方と、どうしてもお話をしておきたいこと、お聞きしておきたい言葉がある。お会いできてよかった。やはり、励ますよりも、こちらが励まされた。ありがとうございます。本当に(涙)。
 次から次へ。メールを読ませていただいたり、返信を書かせていただいたり。あっという間に4日?え、はやっ!今日、4日は京都・長松寺の御総講。18時スタート。ぜひ、お参詣を。お会いしましょう。今日という日は、二度と無いから。永遠の中の一瞬。決して、戻らない、今日という日。本当に、あらゆるものが「レア」であり、だから「有難い」。

今日はお彼岸

  夜明け前、横浜は小雨が降っていました。まだ大雨の影響が残っているようです。 残念ながら、神奈川県下で今回の台風と豪雨により複数の方が犠牲となってしまわれました。ご冥福をお祈りするばかりです。 千葉県では多くの住宅や店舗、車が水没しているそうです。どなたも大変な損失だと思います...