それは、政治的行動の正しさと宗教的選択の正しさは一致させるべきだと思う、ということなどが書かれている部分なのだが、そこに「佛立宗のご信心をしている」ということに関しての面白い記述がある。
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無宗教もよくない。本門佛立宗は、いわゆる何とか派というようなセクトではないようで、おそらく日蓮宗とも言わないんじゃないでしょうか(市販の仏教解説書には、日蓮宗の一派と分類されている)。
お寺の中で、「うちは日蓮宗の1つです」という説明を一度も聞いたことがない。日蓮大聖人をお祖師様と仰ぎますが、日蓮聖人の本意は仏様をたてまつるということですから、われわれはそのお考えに従って、仏を立てる宗という名前になっておるそうです。
これって、ようするに、「お宅の宗派の名前は何ですか」と聞かれて、「仏教です」と答えているのと、ほとんど同じように思います。本門佛立宗とは、何とか宗の何とか派ではなくて、ようするに「仏教」なんでしょうね。スタンダードな仏教を目指しているので、海外の大きな仏教者国際会議でも、大受けのようです。本門佛立宗にはいるということは、別にあるセクトにはいるということではなくて、正しい仏教の道にはいるということなんでしょうね。
政治的に正しい選択をされている方は(どの政党が正しいか、というような狭い意味ではなく)、宗教の選択もあやまらないことを、祈っております。
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こうした記述を、ぜひ多くの方々に読んでいただきたい。きっと、寂光から開導聖人が「そう、そのとおりだ!」と仰っておられるような気がする。私にも、一般的な意味での「宗派感覚」は無い。「仏教そのもの」という意識でご奉公させていただいている。それは同時に開導聖人の御意であり、教えだと思う。
名は体を表す。「本門佛立」という信仰は、数千、数万に分かれた仏教の中の一派、セクトではない。開導聖人が「久遠に佛立講あり」と御聖教に御書添されたことからも感得できるが、「仏教そのもの」の普遍的な教えをいただくのが私たち。だからこそ、ブラジルでは看板の横にはいつも「Buddhismo Primordial(Primordial Buddism=「本源の仏教」「原初の仏教」)」と書いてある。
ありがたい。
3 件のコメント:
御住職 引用していただき、恐縮です。ところでみなさま、この「先生」は、「せんせ」と読みます。ときに御住職は、遠くから「せーんせ」と呼ばれる。なんの「せんせ」か?保育所、小学校、高校、大学?はたまた、踊り、弓道、お琴、エアロビクス、尺八、柔道…?さて私は何の「せーんせ」でしょう。それは内緒ですが、ブラジルにかかわる仕事してます。ポルトガル語で、ぴったりのことばがあります。professor(プロフェッソール)。日本語だと大学教授。ブラジルではあらゆる教員がこれです。小学校も大学も教員は皆professor。いつも「せーんせ」と呼ばれると、ポルトガル語のprofessorを思い出してます。本日はロータス・バーに数人の新しい方をお連れします。出逢いが生まれれば、いいですね。御住職の平素よりたいへんお世話になっております。御住職ならびにご教務の平素よりのご教導に、心より感謝いたします。せんせ(ロータス07)。
補足 ありがとうございます。だいぶ前に、ブラジルの佛立宗のサイトにはいったときに、目に飛び込んだ一言。Buddhismo Primordial。たった一言が、ぼくの発想、生き方、佛立宗へのみかた、すべてを変えてしまいました。たった一言。「セクトじゃなかったんだと。仏教そのものだった」のだと。頭に一発、ガツーンだった。強烈な一言でした。いろいろ書いている発想のもとも、この一言です。ブラジルに感謝!
ブラジルに感謝、せんせに感謝。
せんせ、ホンマはムッチャ偉いですやん。「もう、惚れるぅ~」です。先生にいつも教えていただいております。これでも感謝しているんですよ。本当にありがたい。
ブラジルから日水上人のDVDが届きました。コレイア師、やりますなー!せんせ、後でお見せしますよって。
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