このようなお話があります。お祖師さまの六老僧の一人日頂上人は、お祖師さまの御三回忌の当日、鎌倉で他宗の僧と法論していたため、法要に間に合わなかったことから厳格なる父・富木日常上人は勘当してしまいました。
正安元年、日常上人の危篤の報を受けた日頂上人は、真間山弘法寺から日参して、中山法華経寺の銀杏の樹の下で、義父・日常上人の快復を祈願しました。そして、日常上人に会えるよう願い出たのですが、ついに日常上人は許さず、小袖一領を形見として日頂上人に与えたのみでした。
そして、ついにそのまま日常上人はご遷化されました。その報せを聞いた日頂上人は、銀杏の樹の下に臥し、転がりながら、声を放って悲嘆にくれたと伝えられます。
この史実から「泣き銀杏」の逸話が語り継がれるようになりました。
私たちが、お祖師さまのご命日、高祖会のお参詣を大切にする所以です。信者と思っていても、多くは自分勝手なもので、お給仕を忘れていては、いくら他人のせいにしたり、正当性を訴えても、駄目なのですね。
厳しい教えです。
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