「謗法と申すは違背の義なり。随喜と申すは随順の義なり。」唱法華題目抄
お祖師さまが、「謗法」の対極に、「随喜」を置かれて、お示しになっていることを、深く、深く、考えていただきたい。
徹頭徹尾、随喜して、随喜を表して、随喜によって、生きたい。
随喜がないのは謗法と同じ。謗法と随喜の対比。謗法と随喜という対極。
随喜とは何か。随喜していたら、どんな風に生きるか。随喜を抱く人はどんな風に考えるか。どんな言動をするか。随喜。
クタクタだけど。
2013年6月5日水曜日
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