2017年5月6日土曜日

INS海外弘通基金 御有志の御礼

ありがとうございます。


大変に遅くなりましたが、ここに謹んで御礼を申し上げます。別途、お手紙と報告書を用意しておりますので、その発送が終わりますまで、どうかお許しいただきたいと思います。


先日、このブログでインド、ネパール、スリランカのご弘通ご奉公にご協力いただきたいとお願いし、銀行口座について載せさせていただいたところ、何とたくさんの方々から想像を絶する1442000円もの御有志をお預かりいたしまいました(涙)。


口座では、お名前しか分からず、こちらの過去のデータを調査して正確なお名前やご住所などを調べており、しっかりと御礼状、ご報告書などを送付させていただかなければならないと準備しております。


しかし、遅くなり心苦しく、この場をお借りして御礼、そして海外弘通のご報告をさせていただきたいと思います。


ビザの関係もあり、インドの清朋は5月17日に帰国いたします。2週間ほどの日本滞在になると思いますが、じっくりと報告を聞き、次の方策を練り、ご奉公を進めたいと思っております。痩せてしまっているので、たくさん食べてもらい、休んでもらいたい。


彼の存在により、インドでのご弘通が大きく動き出しました。この文章の最後に、先週の彼のご奉公報告の要旨をまとめて掲載させていただきます。


また、5月2日早朝から、急きょコレイア清行をネパールに派遣いたしました。


雨期を前にご宝前の護持や対策、HBSの土地の登記、近隣のラマ寺院との交渉など、彼がいなければならない様々なことがあり、派遣を決断しました。


彼も清朋と同じく5月17日に帰国する予定です。


6月24日(土)、ギャヌ・ダハール君の得度式を奉修する予定でおります。ネパールで6ヶ月、日本で3ヶ月の修行を経て、このまま精進を続ければ得度の允許を与えようと思っております。


ギャヌは、第1回 ネパール支援活動から参加し、その時に入信した青年です。そして、得度を決意した決定的なきっかけは、旭の死でした。


旭の死から1年半―。


彼の命が他の人の命を生かし、永遠に受け継がれてゆくことを目の当たりにする日が来ます(涙)。


ギャヌが得度すれば、スリランカの良潤と同じように、その存在や活動がアジアに於ける仏教再興運動の重要な、決定的な要素になると確信しています。


旭のおかげ、旭がいてくれたから、こうして海外弘通が大きく進んだのです(涙)。旭、ありがとう(涙)。君の生命と人生を受け止めています。


6月16日から7月1日まで、スリランカから良潤をはじめ、約30名の信徒が来日し、御縁のあるお寺にお参詣させていただきたいと計画を練っております。


来日する面々は、3年以上スリランカでご信心、ご奉公に精進してきた主要メンバーばかりで、全員が自費で巡礼の旅に来ます。


私も急きょ5月10日の夜から15日の日程でスリランカに出張します。


インド、ネパール、スリランカ-。


本当に、各地のご弘通を有機的に結びつけて、ご奉公を前へ、前へと進めてゆきたいです。


旭にも、しっかりと報告したい。


6月24日、清朋はインドに帰ってしまうけれど、ギャヌの得度式には良潤がいます。スリランカからの30名もいます。


翌日は大本寺乗泉寺の御導師をお迎えしての開導会-。妙深寺らしい国際的な、生き生きとしたご弘通を感じられるお会式とさせていただきたいです。


心から、インターネット、ホームページ、フェイスブック、SNSを通じて御有志くださった皆さまに、重ねて重ねて御礼申し上げます。


一円も無駄にすることなく、一天四海皆帰妙法の祖願を果たすため、活用させていただきますことをお約束いたします。


本当に、ご奉公に当たっている教務、良潤も、清朋も、清行も、何もかも足りない中で、食べるものもままならない中で、命がけでご奉公してくれています。


皆さまの御志を、現代の佛立菩薩、最前線に立つ佛立教務へ、必ずや届けます。


つい先日、炎天下のインドにいる清朋が、水の気化熱を利用したクーラーを購入させていただきました。本当に、今までよく耐えて生活していました。


「水の気化熱吸収を利用したクーラーを買わせていただきました。


空気の吸引口に水を這わせて、打ち水効果を利用して、空気を冷やします。インドでは広く使われているようで、涼しい風にホッとします。


本格的なエアコンが8万円、9万円以上するのに対し、1台1万2000ほどで、2台買わせていただきました。電気代も安くつくはずです(本格的なエアコンをつけるには、電気消費量を考えて、親会場までの電線を太くした方がよい、という話もありました)。


一番暑い昼間に、よく電気が止まるのが難点ですが…。」


厳しい時代の中、御有志くださった皆さま、全てのご信者の皆さまに、しっかりとご報告できるように、真摯にご奉公を続ける教務の姿、ご奉公の実際を、綴らせていただければと思います。


下記は、大きく省略いたしますが、清朋から届いた先週のご奉公報告です。


=====


「ご住職、皆さま、

ありがとうございます。


21日から27日まで、長期となりましたが、パトナ・ムザファルプルへ出張させていただきました。29、30日のガヤ訪問と合わせて、ご報告させていただきます。ただ今手元に拝受願いがなく、一部名前を省略しております。


21日

パトナ着。ニテシュさんの奥さん、アニータさんの実家にてお助行。

ロッジ泊


22日

今後の打合せ。

パトナで買い出し。

ロッジ泊。


23日

ムザファルプルへ移動。

●ムザファルプルはビハール州(ニテシュさん云く北インドにおける)の文化的中心地(cultural capital)。インドで高名な詩人Janki Ballabh Shastriがその生涯を過ごし、その旧宅には日本を含む世界各国から文学者が集まっていた。映画や演劇の制作、出版などが行われ、ボージュプリー語やマガヒー語など、地域言語での文芸活動もさかん。


ヒンドセナ(「インド地域への奉仕団」の意)という団体の事務所を訪問。

●ボージュプリー語による詩人のおじいさんがリーダーで、ニテシュさんを含め、メンバーのよき師匠という感じだが、とてもフレンドリーで魅力的な方。

特定の政治家には肩入れせず、人々の平等、自由を擁護する活動。社会派団体という感じで、出版・文芸活動に力をいれているという感じか。月刊誌「ウッタル(「答え」の意味))を発行。


●今回の訪問をウッタル誌で取り上げたく、HBSの紹介文を寄稿してほしいとのこと。


サンジット氏宅でご奉安。

●ヒンドセナのメンバー。ニテシュさんとは子どものころからの付き合い。ヒンドゥー教の儀礼にも参加せず、無宗教的立場を貫いてきた。4年程前、ニテシュさんが佛立宗への入信を希望されるようになってから、自分でも佛立のことを勉強し、共鳴するところがあり、今回入信の運びに。古くからニテシュさんと行動を共にし、今回食事と宿泊のお世話をしてくださったスジート君も、あのサンジットさんがご信心をするなんて、と驚いていた。

ご奉安の後、もう一度お助行に伺ったが、「御本尊のご威光を感じる」ということで大変喜ばれており、親戚か友人か、近隣に住む顔にぶつぶつが広がる症状に悩む10代後半の少年もサンジット氏のご縁で入信し、サンジット氏の御宝前に日参を始めたとのこと。またパトナに住む親戚の家にもご奉安をお願いしたいとのことです。


スジート君宅宿泊。ちなみに、スジート君宅ではコンクリートの床にみんなで雑魚寝しました。


●31歳。現在求職中。ニテッシュさんのお父さんの代から深い付き合いがあり、スジート君のお父さんが裁判所の事務かなにかの仕事の部下だったが、若くして急逝。お母さんも早くに亡くなり、ニテッシュさんのお父さんが息子のように世話をした。英語はほんの少し通じるくらいだが、ニテッシュさんとともに信仰活動に励んできたとのこと。今は言葉が通じない分、むずかしい面もあるが、一生懸命取り組んでくれます。あるいはネパールなら、ヒンディー語ですぐにでもいろいろ学べるか、とも思いました。

ニテッシュさん親子は本当に親身に、物心両面にわたって「教化子」の世話をされてきた様子でした。


24日

スジート君宅で御本尊奉安。

●共に暮らす結婚している弟さんもペンダント御本尊を拝受。

結婚後も友人と外でわいわい過ごす生活が抜けないとのこと。この日は御本尊拝授の後、いろいろと家のことをして過ごしたそうで、これもご利益だ、とニテシュさんも喜んでいました。


バイシャーリー(毘舎離国)仏跡訪問。

●パトナ(パータリプトラ)の北、ガンジス川を渡った先にある。釈尊の時代からよく知られた商業都市で、自治制・共和制(「サンガ」制度)を取り、その仕組が仏教サンガの運営方式として採用されたとのこと。釈尊はこの地に三度滞在され、最晩年に霊鷲山を離れ、ご入滅の地クシナガラに向かわれた際も、ここに三ヶ月ご滞在になった。アショカ王時代に建てられたストゥーパや完全な状態で残るアショカ・ピラー(インドの国章のもととなった)がある。

ビンビサーラ王や阿闍世王も恋に落ち、後に仏弟子となり阿羅漢果を得たという遊女アムラパーリーゆかりの地でもある。ヴァイシャーリー出身のニテシュさんの一族はこのアムラパーリーと同じ氏族とのことで、娼婦を出した氏族ということで(!)(カースト的に低位ということかもしれませんが)、非常に嫌な思いもしてきました、とのことでした。


帰路、スジート君の親戚の簡易食堂に寄る。こちらも御本尊奉安希望とのことです。

スジート君宅泊。


25日

スニルさん ペンダント御本尊拝授

●社会活動家で、コミュニティラジオの運営を行い、インド各地をまわっている。ニテッシュさんから佛立宗の教務を連れて行くから、とだけ連絡を受け、心のこもった歓待の支度とともに、いわれずとも御本尊奉安の準備もしていらした。残念ながら清康師にお供いただいたご弘通御本尊はすべてご奉安となり、今回はペンダント御本尊のみ。

スニルさんと、スニルさんのお父さんと、お友だちの方が拝受された。ダリット出身。非常ににこやかな方で、フェイスブックでもいろいろな活動報告を投稿しておられます。


ヒンドセナのオフィスを再度訪問。原稿依頼あり。

スジート君宅泊。


26日

ヒンディー語も話されない、ラジクマーリーさん、ペンダント御本尊拝受。スジート君の住まいの大家さん。家畜を飼い、定住せずに暮らしていたが、インド政府の支援プログラムを受けて、地主に。体調不良を助けてほしいとのことで、お姑さん(サムンドリ・デヴィさん)から依頼を受ける。スンカニ村で「ラジクマール」というあだ名を付けていただいたことがあり、お姑さんの名前もサムンドラデヴィ村とほぼ同じで、非常に名前のご縁を感じました。


ニテシュさんいわく、症状から察するに重いご病気。小学校高学年くらいの息子さんがおり、この子は英語も話す。24日の男の子とともに、切実にご利益を求められている方々とご縁をいただき、大変身が引き締まります。


サンジットさん宅お助行。サンジットさんご一家の随喜があり、ニテッシュさんから、今夜は特にいいセッションになりました、との感想もいただきました。


スジート君宅泊。結局宿泊・二食つきで、4泊お世話になってしまいました汗


27日

リナさんペンダント御本尊拝授。

スジート君の住まいの上の階にある幼児向けの学校に子どもが通う。


親会場に帰山。


本門佛立宗のご弘通を周知したいという希望が出ております。会場を借りて結縁の機会を設けたいと思っております。


28日

デリーへの電車の手配など。


29日

バライニ村のアロック君(アミット君兄)、ラフール君・リシュ(リス)君兄弟、御本尊拝授。

ガヤへ移動。ロッジ泊。


30日

シェーカー実家訪問。シェーカーのお兄さん、ラヴィ氏ご家族に迎えていただく。リフォーム工事中。預かっていただいていた小包の受け取りや、円との両替、食事もごちそうに。トウィンクルちゃんも5歳に。ご住職や清康師のこともよくおぼえておられました。お商売もぼちぼちとのこと。

その後、ラヴィ氏の車に乗せてもらい、ブッダガヤへ。ダスン君と一緒に大菩提寺、マハーボディーソサエティ他見学(お寺のデザイン研究をさせていただきたく、回らせていただきました)。

ラヴィ氏が建設指揮をとっている、チベット仏教系のアマン・リンポチェ氏の団体のオフィスへ。この団体で社会活動をしている方にお話を伺うことができました。 ビハール州で、マオイストが支配する地域の村を歩かれ、調査を行うとともに、教育や食事改善、農業改善などの事業に携わってこられた、シッキム出身の方です。英語も堪能で、兄弟はアメリカに住んでいる、エリート層の、かなり意識の強い仏教徒の方でした。

お話が長引いたため、予定を変更しもう一泊。


以上、ご報告させていただきます。


清朋 拝、」


シーオンのCDデビュー

「お前は誰が好きなの?」と聞いたら、迷わず「シーオン!」と答えた次男坊。


こどもの日の夜、子どもたちを連れてシーオンに会いに行きました。


CDデビューを果たした彼女たちは益々パワーアップしています。


朝一番から起きて茨城県までライブに行き、東京に戻ってきてリハーサル、18時半からライブ、これからレコーディング。


アイカちゃんは次男と同じくらいの歳なのに、本当に厳しい世界、厳しい生活の中でどんどん成長しています。


学ぶことが、たくさんあります。


アレンジを担当している小池さんの話を聞いていて、とてもインスパイアされました。


昨夜、ギターを手にしながら小池さんがつぶやきました。


「弾き続けないとギターに音が沁みてなくて、返ってこないんだよね」


「一日に20時間くらい弾かないとダメだ」


プロフェッショナルにしか分からない世界。


分かりにくいかもしれませんが、分かる気がします。


昨日、24時間の口唱会を完遂した及川くんからお話がありました。


24時間のお看経をやり切った後、家に戻ってお線香1本のお看経をさせていただいた。そうしたら、1本のお看経がとっても短く感じられた。


ギターだけではなく、御題目口唱にも上手や下手、善し悪し、響く、響かない、があるはずです。


弾いているだけじゃ、ダメなんですよね。


弾き込んでいるか、音を吸わせているか、音を染み込ませているか。


きっと、私たちのご本尊さまにも、お祖師さまのご尊像にも、日頃の御題目が染み込んでいるかどうかで、違いが出てきます。


唱え込んでいるか。


見る人が見れば分かる、そんなプロフェッショナルな世界があります。


シーオンのみんなも、プロフェッショナルな世界で頑張っています。


素晴らしい曲で、ほとんど覚えてしまいました。次男は完全コピーして口ずさんでいます(笑)。


6月3日はライブがあります。何とか応援に行きたいと思っていますー!


永遠 ~ei-en~ https://www.amazon.co.jp/dp/B06X962CRR/ref=cm_sw_r_cp_api_STudzbCFSCNW2


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御講は最高

自宅にお坊さんを招き、家族や親戚、縁のある方々をお招きして、盛大に法要を勤める。


そこで一同に御題目を唱え、様々な祈りを捧げ、先祖を回向し、僧侶から法話を聞く。


膝と膝が触れ合うほど、お坊さんとご家族、お参詣のみんなが身近に会話して。


これを「御講」と言います。


昨日、三ツ沢教区の教区御講で、ギャヌが見習いとして随行していました。


彼と話をしていると、世界の視点から「御講」を見つめ直すことが出来ます。


彼はこの「御講」を「画期的なこと」と大きな感激をもって体験しています。


ヒンドゥー教、ラマ教、チベット仏教の修行や環境の中で育ってきて、特に家族は敬虔なヒンドウーの信徒で様々なセレモニーを行ってきました。


たとえば、一週間グルを迎えて法要を行い、offering(布施)やご供養をすることがあったのだけど、何を唱えているかも周りの者には分からない、法話もない、何もない、とのこと。


「みんなでする」「分かりやすい法話がある」「みんなで学ぶ」「しかも定期的にする」という点に「生きた仏教」を目の当たりにする思いで、心から感動するというのです。


行事としての「御講」ではなく、心からこうした機会を求めて、是非とも実践していただきたいです。


「御講」というムーブメントを起こしたい。


「御講がしたい!」と思ってもらえるように、日本人の、みんなの、心を開いてゆきたい。


世界のどこにでもあるようなものではないのです。


「大変だ」と思うのではなくて、一家の長が「よし!お坊さまを呼んで、家族や一族みんなで、ご信者さんにも声をかけて、御講を奉修しようじゃないか!」と思ってもらいたい。


面倒なことはないです。なんでも聞いてもらえたら、御講が奉修できるようになります。


この時代、「御講」を奉修するなんて、むちゃくちゃにカッコいいです。


世の中に、どんどん失われていることです。


みんながしていないことをしないと。


ギャヌは真面目にご奉公を続けています。


今日は小田原の法正寺さままで布教区総会に来ています。


ご本尊さまはネパールにお供させていただいた金丸ご本尊さまとほとんど同じ日歓上人ご染筆。


お祖師さまも日博上人がご住職を兼務されていたからでしょうか、妙深寺のご尊像とほとんど同じ御顔、御姿。


ありがたいです。

2017年5月4日木曜日

義を見てせざるは勇なきなり

今日は5月4日。


妙深寺の初代ご住職、憧れの清水日博上人の祥月ご命日です。


昭和初期から昭和42年まで、自坊のご弘通ご奉公はもとより、戦争の傷痍兵、特に脊椎損傷など重篤な障害を抱えた方々の施設・国立箱根療養所への慰問や児童養護施設・ゆりかご園の設立など積極的な社会福祉活動、ブラジルやハワイなどの海外弘通を推進し、宗門の国際化に貢献、大きな足跡を残されました。


生きた仏教、生きたお寺を私たちに残し、歩むべき道を示してくださったこと。


僕たちは、いまその足跡をたどっているだけに過ぎません。必死に。


日博上人の壮大な夢、先住の佛立魂、しっかりと思い返して、胸に刻んで、ご奉公させていただきたい。


お祖師さまと同じく61才で亡くなられた日博上人の短いご生涯を想うと、決して長く生きるだけが本懐ではないと思います。


もちろん、先日清従師が拝見してくれた御法門のとおり、真実の生き方、ご信心に目覚めた人の長生きは、一日一日が功徳となる素晴らしいものです。


私たちの命は、この全宇宙、三千大千世界にあるどんな宝物よりも素晴らしく尊いもの。


しかし、長生きだけが仏教の御利益、真贋の判断と考えるのは間違いの元ではないかと思います。


国家が存亡の危機を迎えた時、いつでも身を挺し、命をなげうってくれた方々がいました。


日露戦争の旅順の戦闘だけ調べても、どれだけ多くの青年たち、優秀な人材を失ったか、想像を絶します。


国を守るため、多くの家族、愛する人を守るために、命をかけ、身を挺してくださった方々。


そんな方々があればこそ、今の私たちがいます。


「義を見てせざるは勇なきなり」


答えは見つかりませんが、そこに命を削る理由があったこと、命をなげうってでも身を投じなければならない状況があったことに、想いを馳せています。


憂いの無い者、義を知らぬ者、勇気も愛も無い者には分からない生き様、死に様。


日博上人の夢も憂いも勇気も愛も、語り継ぎ、受け継いでゆきたい。


早すぎるご遷化。


凡人の僕からしたら、お気持ちを察すると泣きたくなります。


しかし、一代では果たせなかったことが、半世紀以上経っても、形やシステムではなく燃えるような魂として絶対的に、確信的に受け継がれていることをご報告したい。


僕もそうありたいし、そうなれるように努力します。


GW中ですが、今夜は京都の長松寺のお総講、明日は横浜妙深寺で教区御講です。


また一年、頑張ります。

2017年5月2日火曜日

ブラジルへ行くなら

16才で最初のアルバイトをしたのは横浜駅西口にあったワイルド・ストロベリーズというレストランでした。


ウェイターのアルバイト。オープニングスタッフだったので、川崎駅でオープン前にスタッフが集められて練習したのを覚えています。素晴らしい出会いもあり、とてもいい勉強になりました。


その次はバイクが買いたくて働きに出た東京中央食肉市場。悪ガキが探した高額のバイト先。友人の知り合いでしたが、腕が丸太ん棒くらいある男の中の男のような人たちの中で鍛えていただきました。


こういうアルバイトをすることについて、京都などではとても抵抗があったようで、たくさんの強烈な反発があったのを記憶しています。


人生で初めて経験した、何だかよく分からない壁というか、何というか。


それでも、そんなこと聞いちゃいない悪ガキだったので、しっかりと勤め上げて無事にバイクを購入しました。


そして、大学に入ってやったアルバイトが葉山のジェットスキーのインストラクター。とはいえ、本当はただの海の家のスタッフでした。


その社長がもっちゃん。ヨットやウィンドサーフィンやジェットスキーを預かる艇庫やショップを経営していて、夏は葉山の大浜に海の家を出していました。


そこでジェットスキーのガソリン代を稼ぐために汗だくになりながら仕事をしました。


真夏の海の家の仕事なのに「第三倉庫を掃除してこい!」と言われて、海から離れた場所で掃除ばっかりしていたような気がします(笑)。


そのもっちゃんがなんとブラジルに渡るということで、連絡をくれました。


そう、もっちゃんは日本ラテンアメリカ学会の会員で、スペイン語の通訳案内士をしていたり、年を重ねているのにすっごいんですよねー。


今年、秀さんの納骨式の時に妙深寺まで来てくださいました。そして、みんなとお話をしながら、ブラジルへ行くなら長松の宗派のお寺があるみたいだから連絡してみなーと聞いてくれたみたい。


渡航前、早速ミュージアムの「ブラジルと仏教展」の図録をお渡ししました。


そして、私からブラジルの高崎御導師、コレイア御導師、吉川淳省師や鈴木英信師にお願いのご連絡をさせていただきました。


すると、一昨日の日曜日、無事にサンパウロの日教寺へお参詣してくださったと連絡が来ましたー(涙)。


日教寺のひとみちゃんが写真まで送ってくれました(涙)!


本当に、最高の佛立ネットワークです(涙)。


コレイア御導師からもすぐにメッセージが届いて、モジにも来たらいいと携帯番号や何から何まで教えていただき、淳省師も丁寧にやりとりをしてくださり、お父さまの吉川さんが丁重なご接待をしてくださったと(涙)。


本当に、ありがとうございます(涙)。もっちゃんは大切な恩人のお一人で、もっちゃんのサポートが出来るなんて、また大人になったことを実感しちゃいます。


先日来、数多くの恩人の方々に再会し、秀さんや石崎さんをお見送りし、ご縁の大切さを痛感しています。


もっと、もっと、しっかりして、青春時代の恩返しが出来るような教務になりたいです。


サンパウロ日教寺の本堂でもっちゃんが挨拶してるなんて、あり得ないー(笑)。


すごいなー。


決して、当時の僕の武勇伝を話さないように願います(笑)。みんな、ドン引きするからねー(笑)。


冗談です(笑)。何でも話しちゃってください。全部、今の僕へとつながることだから。


とにかく、最高にありがたいです。ブラジル最高ー!


ご縁をいただいている、すべて、遠く日博上人から今日に至るまで、60年以上のブラジルとのご縁に、ただただ感謝、感謝です。


ありがとうございますー。

班長さんへの手紙(平成29年5月 「役中テキスト」)

班長さんへの手紙(平成29年5月 「役中テキスト」)


ありがとうございます。


御教歌

「きはまりて かなしき時にあらざれば まことの信はおこらざりけり」


人の心は難しいものです。順風満帆な時こそ大切なことに気づき、感謝を忘れずに励み続けることが出来ればいいのですが、なかなかそうはいきません。


思いがけない出来事に頭を抱え、病気やトラブルに悩んだ時、今までの自分を省みたり、改めようと誓ったり、軌道修正をし、大切なことに目覚めたりするものです。


しかし、末法という時代はさらに複雑に出来ていて、いくらでも無責任な気休めの言葉を探すことが出来ますし、不幸な自分を肯定することも出来ます。中途半端ではやはり気づけない、改められない。ご信心やご奉公であればなおさらです。


佛立開導日扇聖人の御指南。

「富(とめ)る者は楽(たのし)みを貪(むさぼり)て都(すべ)て後生(ごしょう)を知らず、貧(まずし)き者は憂(うれい)を懐(いだい)て弥(いよいよ)よ罪障を作る。」日扇聖人全集14巻54頁


裕福な人、順調な人は、つい現在の状況に甘んじ、目先の楽しみを貪るばかりで、その後にどうなるかを知らないし、知ろうともしない。後生、つまり来世のことにも考えが及ばないとお示しです。


そして、貧しさに苦しむ人、現在苦境にある人も、思うようにならない辛さからか、周囲を怨み、責任転嫁ばかりして、自分を省みることが出来ない。改良も出来ない。むしろ重ねて罪障を積んでしまうものであるというのです。


本当に、ギリギリの状態まで追い込まれ、悲しみが溢れ出るような時でなかったら、本当の信心は起こらないのでしょうか。


信心とは、自分の本当の心、本心です。本当の自分、本心ではなく偽りの心、仮の心で生きてゆくことは最も危険なことで、最も虚しいことです。ご信心は一寸先の闇の提灯、いいことも悪いこともある人生の指標で、本来は人生の必需品なのです。


柱のない家は弱いものです。柱が無ければ少しの風でグラグラと揺れます。台風や地震が来れば瞬く間に倒れてしまいます。


ご信心は心の柱、人生の柱です。豊かさや貧しさにかかわらず、少しでも早くご信心を起こすことが出来れば何より安心です。


「ほめられて すゝむ信心憎まれて かならずくだることぞ口をし」


「わすれては おもひ出してはげめども をこたりがちに成ぞくやしき」


「これでわれ よしと思へばおこたらん 信は忘るゝまなくすゝめよ」


順調な時に甘んじず、逆境を変化の時と捉えて改良すること。これが佛立仏教徒の心構えと教えていただきます。


法華経如来寿量品の結び。

「常に我を見るを以ての故に而も驕恣の心を生じ放逸にして五欲に著し悪道の中に堕ちなん」


仏陀に出会った者ですら、いつもそこにいてくれると安心し、慢心や欲に流され、身勝手になって欲望の虜となり、ついには悪道に堕ちてゆく。


本当に、人間とは難しいものです。


開導聖人のご生誕200年のご奉公が大きな山場を越えて、私なりに達成感の中にありましたが、振り返ってみると反省や虚しさに気づきました。今までのご奉公を振り返って、大いに反省し、大いに改良し、心機一転の新しいスタートを切りたいと決意しています。


哀しいことがなければなかなか気づけません。しかし、気づいたら改良できます。自分を省みて、一からやり直しましょう。​

2017年5月1日月曜日

「サントス君のように」 妙深寺報 平成29年5月号 巻頭言

4月25日、ネパール大地震から2年目を迎えました。


三月末、私はネパールに出張し、ヒマラヤ山脈に連なるランタン渓谷を訪れました。主峰のランタン・リルンは標高7234メートル。様々な顔を見せる渓谷は、大地震の前まで「世界で一番美しい渓谷」と呼ばれていたそうです。


しかし、現在の渓谷は地崩れの跡が生々しく残り、美しさと共に痛ましさを感じる場所です。


2年前の大地震では、行方不明者403名、内131名が外国人。これは大地震から1週間後、長老も体験したことのないブリザード(暴風雪)が渓谷を襲い、人々を家ごと対岸まで吹き飛ばしたことによります。この大地震と巨大暴風雪によって、多くの木々がなぎ倒され、風景を一変させたのです。


現地からこの場所でご回向させていただきたいと連絡が来ました。目的地は標高4900メートル。私にとっては未知の体験です。


しかし、ネパール大地震の支援活動から始まったご奉公、現地のメンバーの想いを考えると断ることは出来ないと思いました。自信は全くありませんでしたが、挑戦することにしました。


スンカニ村の親会場からバイクに二人乗りや三人乗りをしてランタンに向かいました。約6時間。やっと登山口の村に着くと、そこはチベットとの国境から車で20分という小さな村でした。そのまま休憩もせず登り始めましたが、日頃の運動不足がたたり、苦しくて苦しくて仕方ありませんでした。


標高3500メートルの山小屋で寝ている時、息が苦しくなって死ぬかと思いました。申し訳ないことですが、4900メートルは断念し、翌朝その少し上の場所でご回向の一座を奉修いたしました。


想いが溢れて、涙が流れました。凍てつく風に吹かれて、涙も凍りそうになっていました。


下山中、標高2400メートルの山小屋に宿泊しました。夜遅くまで私たちの食事中に給仕してくれていたのが10才のサントス君でした。


赤いシャツに白い星のシャツ。下の方は色が褪せています。学校を辞めて働いているのだそうです。


「こんなに遅い時間まで家の用事を手伝って、偉い子だなぁ。」


同い年の次男と比べて感心していました。


翌朝、出発しようとするとサントス君も一緒に下りると言います。その理由を尋ねると、


「下の山小屋でも働いているから」


と答えました。この山小屋は自分の家ではなかったのです。


「両親は遠い場所にいる。学校を辞めて働きに来たんだ。月の給料は4000円。でも僕は必要ないからすべてお父さんに送っているんだ」


10歳の少年が送る過酷な生活を目の当たりにて言葉を失いました。


険しい道のりを案内するように、サントス君は私のジャケットを持ってくれてピョンピョンと下りてゆきます。お父さんにお祭りで買ってもらったという帽子を肌身離さず持って大切にしていました。


「でも僕、本当は学校に行きたいんだ」


彼のつぶやきを聞いた時、サントス君の里親になりたいと思いました。下の山小屋の女性に意向を伝え、連絡先を渡して別れました。


貧しさと、素直さ。感謝の心と慢心。


貧しくないと分からない、病気にならないと分からないこと。


pacoさんを覚えておられるでしょうか?兼子清顕師がまだ大学生の頃、妙深寺のインターネットの掲示板に書き込まれた女性です。夫の借金のために性風俗店で働かざるを得なくなり、そのお仕事で病気にもなり、何度も自殺を試みました。そんな中、このご信心と出会い、救われたというのです。ところが、ご自身の境遇をお寺の人に伝えたところバイ菌のように扱われるようになり、深く傷つき、書き込みをされました。


清顕師が丁寧にやりとりをしてくださり、彼女は元気を取り戻し、ご信心も取り戻してくれました。今でも彼女が誰か知る由もありませんが、決して忘れられない、本当にありがたいことでした。


ここに、彼女から届いた最後のメッセージがあります。この言葉、この彼女の心こそ、忘れることが出来ません。


「本当に本当に有難い。ただそれだけです。私のように汚れきった人間は幸せにはなっちゃいけないのだろうか?ただ命を費やすだけの人生を歩んで行かなければならないと思い込んでいました。しかし、ご住職が今回ホームページに載せていただいた御教歌を拝見させてもらう度に涙が止まりません。


やっと、あの仕事を辞める事が出来ました。まっとうな仕事にも就くこと出来ました。


今は少し身体を休めています。


こんなご恩を受けたら、次は誰か本当に困っている人をご信心で救ってあげる番ですね。そうしなければ罰があたりますね・・・。


妙深寺の桜は今咲きかけてますか?この数年、太陽と無縁な個室で自分を殺して仕事をしていたので春の陽気に咲く桜など見る余裕もありませんでした。本当に美しいんでしょうね。


この数日、糸の切れた蛸の様に、力が出ずふわふわしています。


でも妙深寺に咲く桜を見に行き、御参詣させて頂ければ生きる希望が湧いて来る気がします。本当にありがとうございました」


毎年、美しく咲く妙深寺の桜。妙深寺の桜に、生きる希望を見出す方もいます。しかし、いかに美しく咲いていても、当たり前に咲くと思えば感心しているように見えて心は薄く、価値も薄れるでしょう。


幸せに溺れてはいけない。幸せに迷ってはいけない。


有難さを、感謝を忘れてはいけない。


様々な人がいて、様々な人生があります。


「無病の人、掌を合すことを恥ず」


「何もなかったら人はご信心することを恥じる」「格好悪いと思って、ご信心しようとしない」と開導聖人はお示しです。


恵まれて感謝を忘れ、自己主張ばかり強くなる人。


いつしか何事も人のせいにして、奉仕も報恩も無くなる人びと。


人の性を思うと虚しくなります。


貧しさの中、病の中、トラブルの中でしか気づけない。だとしたら人はあまりにも愚かです。そんなことは誰も望んでいないはずです。


御教歌

「きはまりて かなしき時にあらざれば まことの信はおこらざりけり」


人の性がご信心を難しくします。恵まれた、普段の信行ご奉公から精進できる自分でありますように。


サントス君のように、pacoさんのように、純粋な気持ちを取り戻したいものです。

秋に咲く桜

  今日はお祖師さまの祥月ご命日。法華経の行者、法華経を生きた、法華経そのもののご生涯、その凄さ、凄まじさ、優しさ、思いやり、大慈大悲。 行動力、忍耐力、不屈、情熱、慈悲深さ。同じ人間であることが本当にありがたい。人間の可能性をお示しくださいました。私たちもそのように生きたい。生...