2011年7月21日木曜日

開導聖人の祇園祭

開導聖人の祇園祭。

今から122年前の祇園祭。開導聖人は麩屋町の法宅、現在の長松寺でお過ごしになられていた。

暑さ厳しい砌、現在と同じように賑やかな祇園囃子が都の空に響いていたに違いない。

明治22年7月17日のこと。
御教歌
「ことわりや よめが姑と早なれば
鉾がはだかとなるもうべなり」

あれほどの賑わいを見せていた祇園祭も巡行が終わると山や鉾が町内に帰ってくる。すると、あっという間に解体されて寂しく佇み、町も静けさを取り戻している。その姿を眺めながら長谷川家の御講に出てみると、「この度息子が嫁をもらいまして」とのご挨拶。ついこの前嫁に来たと思っていたこのお方がもう姑となるのか、鉾がたちまち解体されて木材の山になってしまうのも道理であるなぁ、と述懐なされた御教歌。

本山宥清寺の開導会でご講有がお説きくだされた御法門。御教歌前後の御指南。

「十六日の宵には宵山とて四条通りは爪も立たぬばかりの群集、けふは日和で、今四条通を山鉾の引出し囃子の音のきこえしも、午後の四時此に長谷川のお講へ行く折、西の方を見れば、長刀鉾は、はや戻りて、はだかにして立てり。さっぱりとしたものかな、と独り感じてありしに、人みな力おとして、祭りも早や済みたりとなげく。来年の祭りを待つならん。さだめて鬼の笑ふべし。閻羅王の御使の来るもしらぬぞ哀れなる。
ことわりや よめが姑と早なれば 鉾がはだかとなるもうべなり。
されば法華経の行者と名乗り給ふ人々、世のつねなきことをさとらねば、真の信心は起こり申さず候也。」

開導聖人の肉声を、今なお賑わう祇園祭を眺めながらお聴きすることが出来る素晴らしい御指南、御法門。

世の中が無常であるということを、まず知らなければ、本当の信心は起こらぬものだ、と教えていただく。この儚い一生で、私たちは何を求め、何をすべきなのか。祭りの華やかさや賑やかさの中に身を置いて、その日の喧騒に心踊らせても、楽しい時は一瞬で終わる。すぐに終わりが来る。

祭りのような、賑やかさや楽しさを追い求めて人は生きる。しかし、それは逆に孤独や苦しみを深め、解決すべき人生の課題や問題を先送りにして生きることになる。それこそ、鬼の笑う、鬼の来たる、無常を知らぬ生き方と言える。

真の信心。ゆるがぬ信仰心。一瞬も無駄に出来ぬと覚悟して生きているか。明日ありと思うな。今日が無常で、明日は無常でない、などあり得ない。毎日が無常なのだ。だから、今日する、今日会う、今日話す、今日参詣し、今日功徳を積む。「いつかする」という思想は、如説修行の行者にはない。

拙速では困るが「ぐずぐずせぬは如説修行。万事ぐづぐず一生の損」とは開導聖人の御指南。先延ばしにはせぬ。如説修行抄は高祖の無常観に貫かれている。草露の命の日陰を待つばかりぞかし。

一日一日、功徳を積み重ねる生き方、決してブレず、腐らず、強く、明るく、正しく、生きてゆかねばならぬ。まず、無常を痛感すること。その無常観がもたらす絶対的な孤独、壮絶な恐怖の向こう側に、真実の信仰、真の信心、孤独や恐怖から解き放たれた安心立行の人生がある。

そこに行くための壁は、決して高くない。越えられないのではなく、越えない人が多いだけだ。文化として楽しみ嗜むのは構わないが、一瞬の華やかさや楽しさに心奪われることなく、追い求めることもせず、本物のご信心が持てたなら、あなたが、真に心豊かに、幸福になることは疑いない。

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幸の湯、常さん、北九州

帰国後、成田空港から常さんの枕経へ直接向かいました。 穏やかな、安らかなお顔でした。こんなにハンサムだったかなと思いました。御題目を唱え、手を握り、ご挨拶できて、よかったです。とにかく、よかったです。 帰国して、そのまま伺うことがいいのか悩みました。海外のウイルスを万が一ご自宅へ...