2019年11月25日月曜日

横浜ラグーンの公開収録








今日も一生分の1日。とても大切に過ごすことが出来ました。


YOKOHAMA LAGOONの番組収録を行いました。長い収録時間でしたー(汗)。


1214日(土)の1430分からクィーンズスクエアの特設ステージで公開収録が行われることになりました。みなとみらい駅の長〜いエスカレーターを上って右側にターンしたらステージがあります。


毎日8万人が訪れるすごい場所で公開収録が行われることは大変なことです。


この特別の機会に、白井貴子さんと喜多一郎監督に特別ゲストとして出演していただくことになりました。


今日は貴子さんもFM横浜に来てくださって打ち合わせをすることが出来ました。横浜ラグーンチームとも顔合わせが出来て、よかったです。


みんなどこかで深くつながっていて、ボウズワードではないですが、御縁を感じることばかりでした。


アップが追いついていませんが、とにかくありがたいです。


ありがとうございます。

2019年11月24日日曜日

ローマ法王と「焼き場に立つ少年」














https://youtu.be/gu4Tg8aKzZ4


ローマ法王(最近「教皇」と表記変更されたようです)が来日中です。今日は長崎を訪問したことが大きく報道されていました。


核兵器からの解放を訴えるスピーチ。現場には「焼き場に立つ少年」の写真が掲げられ、ジョー・オダネル氏のご長男と面談されたとのこと。


来日のきっかけは長崎に原子力爆弾が投下された直後に撮影された幼い兄弟の写真と紹介されています。


私たちのことは全く報道されませんが、法王の影響はすごいですね。日本のテレビやラジオは一気にジョー・オダネル氏や「焼き場に立つ少年」のことでもちきりでした。先ほどの報道番組では「トランクの中の日本」の内容まで朗読されていた。すごいことだと思います。


終戦から70年。私たちは小さなミュージアムで「トランクの中の日本戦争、平和、そして仏教」展を開催しました。「焼き場に立つ少年」を中心とした写真展。4年前のことです。


この時、本当にたくさんの方々のご協力をいただきました。その中に天正遣欧使節団顕彰会の方がおられ、ローマ法王への献上品に私たちの企画展の資料を入れてくださいました。


ご丁寧に献上品の写真まで送ってくださいました。私が持っていた青い帯の『トランクの中の日本』や京都佛立ミュージアムの企画展のリーフレット、名刺などを入れていただきました。


この4年間、このようなことは何度も書いてきましたね。私たちは、本当の意味で宗教を超えて、この写真に注目が集まり、ハチドリのひとしずくでも、平和へ一歩でも近づけばと願っています。


私たちの企画展は、この兄弟の写真だけを取り上げたものではありませんでした。


日本上陸から帰国まで、オダネル氏の撮影した写真を見て、彼の心の変遷を追体験していただこうとしました。帰国直前、彼の心を変化を決定づけたのが、長崎の焼き場で出会った、息絶えた幼い弟を背負うこの少年だったのです。


人間が作り出す「敵」と「味方」の境界線は、妄想や幻想に過ぎないということ。私たちが考える「正義」というものすら、妄想に過ぎないのではないか。


オダネル氏の体験、焼き場に立つ少年との出会いは、このことを教えています。


私はこれこそが平和への礎であると確信しました。


日本やサンマリノ共和国をはじめ、こへからも世界各国でこの写真展を開催したいと考えています。


そして、「焼き場に立つ少年」の写真を、第二次世界大戦、特に原爆の悲惨さを象徴するものとして、「世界記憶遺産」に登録するために力を尽くしたい。


しかし、それだけではダメだとも思っています。この少年たちと同じような悲惨な子どもは、今でも世界中に満ちているから。


人間が作り出す「敵」と「味方」、「正義」。そうしたものの境界線が幻想であること、人間というものの愚かさと可能性を知らなければ、戦争は決して無くならない。


このボーダーを超えること、人間そのものを学ぶことが、平和への道と考えます。


とにかく、ローマ法王の来日と多くの報道、「焼き場に立つ少年」の話題が溢れる中で、このことをそっとお伝えしたいと思います。


ありがとうございます。

ローマ法王と「焼き場に立つ少年」




 ローマ法王(最近「教皇」と表記変更されたようです)が来日中です。今日は長崎を訪問したことが大きく報道されていました。
核兵器からの解放を訴えるスピーチ。現場には「焼き場に立つ少年」の写真が掲げられ、ジョー・オダネル氏のご長男と面談されたとのこと。
来日のきっかけは長崎に原子力爆弾が投下された直後に撮影された幼い兄弟の写真と紹介されています。
私たちのことは全く報道されませんが、法王の影響はすごいですね。日本のテレビやラジオは一気にジョー・オダネル氏や「焼き場に立つ少年」のことでもちきりでした。先ほどの報道番組では「トランクの中の日本」の内容まで朗読されていた。すごいことだと思います。
終戦から70年。私たちは小さなミュージアムで「トランクの中の日本 戦争、平和、そして仏教」展を開催しました。「焼き場に立つ少年」を中心とした写真展。4年前のことです。
この時、本当にたくさんの方々のご協力をいただきました。その中に天正遣欧使節団顕彰会の方がおられ、ローマ法王への献上品に私たちの企画展の資料を入れてくださいました。
ご丁寧に献上品の写真まで送ってくださいました。私が持っていた青い帯の『トランクの中の日本』や京都佛立ミュージアムの企画展のリーフレット、名刺などを入れていただきました。
この4年間、このようなことは何度も書いてきましたね。私たちは、本当の意味で宗教を超えて、この写真に注目が集まり、ハチドリのひとしずくでも、平和へ一歩でも近づけばと願っています。
私たちの企画展は、この兄弟の写真だけを取り上げたものではありませんでした。
日本上陸から帰国まで、オダネル氏の撮影した写真を見て、彼の心の変遷を追体験していただこうとしました。帰国直前、彼の心を変化を決定づけたのが、長崎の焼き場で出会った、息絶えた幼い弟を背負うこの少年だったのです。
人間が作り出す「敵」と「味方」の境界線は、妄想や幻想に過ぎないということ。私たちが考える「正義」というものすら、妄想に過ぎないのではないか。
オダネル氏の体験、焼き場に立つ少年との出会いは、このことを教えています。
私はこれこそが平和への礎であると確信しました。
私は、日本やサンマリノ共和国、世界各国でこの写真展を開催したいと考えています。
そして、「焼き場に立つ少年」の写真を、第二次世界大戦、特に原爆の悲惨さを象徴するものとして、「世界記憶遺産」に登録するために力を尽くしたい。
しかし、それだけではダメだとも思っています。この少年たちと同じような悲惨な子どもは、今でも世界中に満ちているから。
人間が作り出す「敵」と「味方」、「正義」。そうしたものの境界線が幻想であること、人間というものの愚かさと可能性を知らなければ、戦争は決して無くならない。
このボーダーを超えること、人間そのものを学ぶことが、平和への道と考えます。
とにかく、ローマ法王の来日と多くの報道、「焼き場に立つ少年」の話題が溢れる中で、このことをそっとお伝えしたいと思います。
ありがとうございます。

2019年11月23日土曜日

スリランカのラグーン

































バンコクまで戻りました。これから日本へ向かう飛行機に乗り込みます。


いつもながら時間がなくて空港へ滑り込みましたが、ギリギリまで新しいスリランカを発見する出張ご奉公となりました。


8月から手を入れていたコロンボ別院のリフォームも完成に近づいていました。良潤師の部屋をやっと拡張することが出来、清嵐師の部屋も出来上がってきました。この部屋は清嵐師が自分たちで屋根まで作り上げたんです。すごい。妙深寺の教務室より広いです(笑)。


私が暮らしていた頃の妙深寺本堂1階の教務室は本当に狭かったんです。四畳半の部屋に二段ベッドを2つ置いて、さらにその上にベットをクロスさせて、5人で寝泊まりしていました。


清嵐師も頑張ってくれています。本当に、ありがたいです。


「メーカー」になることを目標としています。何より、人を育てること、佛立菩薩を生み育てることが最大の目標です。


本当に、今やたくさんの同志がいます。ありがたいです。


昨日、スリランカのラグーンに行きました。本当に穏やかで、ビックリしました。津波が襲ってきた時も、このラグーンだけは比較的被害が少なかったと聞きました。


ラジオ番組のタイトルに「ラグーン」という言葉を使いましたが、本当によかったと思います。


スリランカで録音した音を、横浜ラグーンの中で放送させてもらえたらと思います。鳥たちのアンサンブル、綺麗に録音できていました。


早起きして波の音も録りましたが、激しすぎてラグーンの音とは全く違います。ゴールから見たら、海の向こうはアフリカだから。力のある波です。


スリランカにもかわいい猫がいました。犬も猫も昼間はグダーッとしてます。


明日、1123日の早朝に帰国して、14時からは令和元年度の男子信徒住職御講です。今年のテーマは「気概で示せ一筋の道」となっています。すごい。


主催の「妙深寺壮年会」と書かれた所には「もう一歩前へ」という言葉が添えられています。われらが佛立男子。誇らしい気持ちになります。精一杯ご奉公させていただきます。


あと少しで搭乗します。


ありがとうございます。

2019年11月22日金曜日

津波被災地。世界に誇るスリランカのシナモン。









































朝参詣が終わりました。朝参詣をすると、心も身体も深く息をすることが出来ます。


昨夜、妙深寺スリランカ・コロンボ別院まで戻りました。昨日も濃厚な一日でした。


ゴール市で朝を迎え、元軍人のジャヤラットさんにシナモン農場や工場、出荷工場をご案内いただきました。スリランカの現場。世界に誇るスリランカのシナモン。そこで働く方々。本当にお会いできてよかった。ありがとうございます。


ジャヤラットさんのお宅に伺ってキング・ココナッツをいただきました。添加物の一切ないココナッツ・ウォーター。こんなに美味しいお薬はありません。万能薬です。みんなに飲んでいただきたいです。


スリランカのマングローブ林、久しぶりに訪れました。津波で大きな被害を受けた地域です。着実に復興してきました。


20041226日に発生したスマトラ島沖地震。スリランカでは35322人が亡くなりました。特に海岸を走るコロンボ発ゴール行の列車が津波に呑み込まれ、乗客と周辺の住民1000人が死亡。スリランカ全土では行方不明者5637人、家を失った方は83万人に上りました。本当に恐ろしい大災害でした。


私が初めてスリランカを訪れたのは2004年の10月。今から23年前の1996年、妙深寺はホームページを開設し、同時に英語による佛立仏教の世界配信を開始しました。


1997年、アメリカの東海岸やヨーロッパ、アジア各国からメールが届くようになりました。


その中にスリランカからのお便りもあり、まだ内戦の真っ最中だった1998年、神戸香風寺の福岡日雙御導師が単独スリランカに渡航。スリランカで法華経を研究されていた方々は福岡御導師からお聞きしたバラバラの世界を一つにする、仏陀の大慈大悲が込められた佛立仏教、本化の教えに感動し、ご奉公が始まりました。


私がスリランカを訪れたのは福岡御導師が活動を開始してから5年後でした。その感動も冷めやらない訪問直後、20041226日、スマトラ島沖地震、大津波がスリランカを襲ったのでした。


妙深寺では高島さち子さんの申し出で支援活動を本格的に開始しました。ホームページの開設から8年、スリランカ開教から5年目のことです。


以来、妙深寺はスリランカとの御縁を深めてゆきました。スマトラ島沖地震・津波の支援活動は日本赤十字病院の看護部長でもあった瓜生さんや青年会を中心としたチームで、コロンボとゴール市を結ぶ海岸線で活動を重ねてくれました。


すべてが、今につながっています。今や、コロンボとゴールにこれほどの大きな法城、各地に親会場、立派な二人の佛立教務、多くの役中、ご信者の方々が誕生し、本当に、本当に、ありがたいです。


昨夜、コロンボの別院に戻るとみんなが待ってくれていました。手作りの夕食をいただき、その後ラミャさんのお宅へお助行とご回向に行かせていただきました。


21時を過ぎていましたが、ご主人のラトナヤカさんと長男のランガくん、奥さんのナディが待っていてくれました。アヌラーダとヤシー夫妻もお参りしてくれていました。良潤師、清嵐師、アベイさん、アサンカ君、ダスン君がご奉公。愛する人を失った家族に寄り添います。給仕第一の、細やかなご奉公。ありがとうございます。


別院に戻るとミス・コンチネンタルで入賞した青年会のミッチェルとお父さんが待っていてくれました。いろいろなことがあったので、会えてよかったです。心配していました。本当の幸せへ向かうために、ご住職からアドバイス(笑)。ありがとうございます。南無妙法蓮華経-。


0時前、ようやく部屋で落ち着きました。今日の午後のフライトで日本へ向かいます。


ヌワラエリア、マックダフでは特別な許可を得て、ドローン撮影を行いました。美しい映像が撮れているようです。


ありがとうございます。

時代の兆し@横浜ラグーン

  9月16日は「オゾン層保護のための国際デー」、横浜ラグーンを放送させていただき、ネパールでの大災害を含めて気候危機、環境問題についてお話させていただきました。 天変地異が相次ぐ世界、国際政治も危機的な状況を迎えています。きっと、もう平和な時代は終わりを告げていて、戦国時代のよ...