2013年12月9日月曜日

本当に、有難い。

この数日、教区御講を奉修させていただくだけで精一杯という情けない状態でした。疲労か、緊張感からか、重たい体を引きずっていました。

そうこうしている間に、この国は、大きな一歩を踏み出しました。何もかも、極端な、人任せの国だから、緊張感があるようで、ない。弱ってる場合ではない。

時々、どんな御講を奉修しているか、見てもらいたいと思います。「御講は命」と言っているのであれば、本当に感動のあるものでなければなりませんよね。体験参詣って、出来ないのかしら。

重なり合う御題目の声。祈りの声。感動の御法門、胸が熱くなるご利益のお話。お席主やお参詣の方々からのお話。

昨日、白土さんとお会いできて、よかったー。トラックの運転手さんをされていて、6月10日以来、とっても感動してくださっているとのこと。はじめて、ゆっくりお話しました。僕より少し先輩。

「もし、もう一度、あの時のような被災地へ突っ込むような支援活動があれば、僕に運転させてください、やりますよっ!」て、兄貴分のような方で、心強く思いました。また、同志と巡り会えたような気持ちです。よろしくお願いします。

一つの御講に、感動が詰まっていて、有難いです。「シリーズ愛する清翔師」のブログが面白くて、奉安お教化になったというお話もお聞きできましたー!最もインパクトがあましたー(汗)。清翔ー、やるなー。存在だけでお教化になるとは(笑)。

ご信心は、本当に、有難いです。

昨日、三席の御講から戻り、引きずるように本堂に上がり、お祖師さまのお給仕をさせていただきました。

お給仕の後、振り返ると、ある方と、お会いすることができました。

ほんの数分ずれていたら、お会いできなかった。でも、お会いでき、お話をお聞きすることが、出来ました。本当に、御法さま、お祖師さまに、お導きいただいたのだと思いました。昨日、お会いしなければいけませんでした。

ありがたいです。

「かつへて食をねがひ、渇して水をしたがうがごとく、恋て人を見たきがごとく、病にくすり(薬)をたのむがごとく、みめかたちよき人べに(紅)しろいもの(粉)をつくるがごとく、法華経には信心をいたさせ給へ。さなくしては後悔あるべし云云。弘安二年己卯卯月二十日 日蓮花押」

「飢えた時に食べ物を求め、のどが渇いた時に水を欲しがるように、恋しい人を見たいように、病気になって薬を頼りにするように、美しい人が紅や白粉をつけるのと同じように、法華経を信心していきなさい。そうでなければ後悔するであろう。」

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