『指導者の条件 人心の妙味に思う』 松下幸之助 PHP文庫
「命をかける」
◇指導者には命をかけて事に当たるほどの心境が必要である
「日露戦争のポーツマス講和会議の全権大使となった小村寿太郎が、政務局長時代、朝鮮との間にいわゆる閔妃(ミンビ)事件が起こり、その事後処理に派遣されることになった。何分にも国際的な大事件だけに思案に余った彼は、勝海舟を訪ねて教えを乞うた。すると海舟は次のように教えたという。
『自分も江戸開城などの大きな交渉で苦労してきたが、結局いえるのは、死生を意にとめたら仕事はできないということだ。身命をなげうち、真心をこめてやるという腹さえきまっていれば、あとはその場合その場合で考えたらいい』
それを聞いて小村寿太郎も大いに勇気づけられ、当を得た方策をもって難局を解決し得たという。
命をかける、ということはよくいわれることであるが、明治維新のいつくかのきわめて大事な局面を鮮やかに打開してきた勝海舟のことばとして聞く時、まことに強い実感をもってわれわれの胸に迫ってくるものがあるように思う。結局、大事をなす者の一番根本の心がけはこのことではないだろうか。命をかけるというほどの思いがあって、はじめていかなる困難にも対処していく力が湧いてくるのだと思う。
といっても、実際はなかなか命をかけるというような心境にはなりにくいのが、人情というものであろう。しかしものは考えようである。今日のわれわれの生活なり、仕事というものは、見方によってはつねに死ととなりあわせになっているのである。たとえば、年々多くの人命が交通事故で失われている。それは自分の用心、注意でふせげる面もあるが、一面運命のようなものだともいえる。だから、われわれが外に出て道路を歩いたり、車に乗ったりすること自体、ほんとうは命がけなのであって、ただそのことをほとんど意識していないだけである。
そう考えれば、お互いが一つの使命感を持ち、興味を感じつつやっている仕事というものに対して、命をかけて当たるということは必ずしもむずかしくないともいえるのではないだろうか。
少なくとも、指導者といわれる人びとは、多少なりともそういう心境を持たなくてはならないと思う。」
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