2007年12月31日月曜日

腫瘍が小さくなった!!


 昨日の夜、思わず電話を投げ出して、その場に突っ伏してしまったことがあった。
 それは、深恭師からのメールだった。携帯電話に入っていた。題名は「ありがたいです」。内容は「ありがとうございます。今、音美さんから連絡がありました。和長さん癌が小さくなっているとのことです。」とあった。
 もう、何より、何より、有難い。年末になり、ご家族はどのようにお過ごしなのだろうか、大丈夫だろうか、と思っていた。和長さんの調子が悪くなり、年末にかけて入院したと報告を聞いていたからだった。
 しかし、この報告。何と嬉しいことだろう。年の瀬にあって、ご家族にとってどれだけ嬉しいニュースだろう。これをお計らいと言わずして何というだろう。ありがたい、ありがたい。思わず、携帯のメールを読んだ瞬間に投げ出してしまった。突っ伏してしまった。
 ただ、先程来、報告があり、京都の高校生の男の子、具合が悪いと病院に行き検査をすると、肝臓に腫瘍があると言われた、と。しかも、悪性との診断だった、との連絡。すぐにお助行を開始するしかないと淳慧師から連絡を受けた。先ほど17時からの御礼のお看経にてご祈願を開始。
 それぞれの年の瀬。それぞれのお正月。とにかく、御法さまのお見守りとお導きがありますように。

お題目ストリート

 ひろし君のお友だちで、11月にご信心を始められ、そこから朝参詣を続けてこられた方がいる。社会的に有名なお方なので実名は載せないが、本当に真摯で素敵な方で、お参詣を続け、御題目をお唱えする姿に、心から随喜していた。
 朝参詣の後、本堂を振り返るとその方がおられる。深々とご挨拶をくださる。ご信心を始められて、ほんの数週間。本当に有難い。
 お忙しい方で、スタジオに入ってお仕事をされている時は、一睡もせずにお寺までお参詣される。職場もお住まいも東京。横浜の妙深寺までお参詣するのには、いつも第三京浜を使われる。そして、その方が命名した第三京浜の別名が、この記事の題名にもさせてもらった「お題目ストリート」という名前なのである。
 そんな言葉に、心から感激していた。その方からのメールには、ご信心に出会えた喜びが満ちていて、「御題目ロード」についても明記されている。ぜひ抜粋したものをご紹介したい。
 「ありがとうございます。出来る限り、朝、自宅から、第三京浜を通りお寺まで、、、私のお題目ストリート、、でお寺に行けるよう日々がんばっています。本当にありがとうございます。真の仏教に出会えた喜びは、本当に、ヒロシに感謝です。そして、御住職、、、感謝しています」
 こんなメールをいただいて、胸が熱くなる。本当にありがたい(涙)。
 12月29日、お餅つきのご奉公があった。その機会に、この方はご長男と実のお母さまをお連れになった。お母さまは神経痛などで苦しんでおられ、「朝念仏・夕題目」ではないが、仏壇に手を合わせているが、仏教的な知識が雑然としていて、「ナムアミダブツ」と唱えたり、「ナムミョウホウレンゲキョウ」と唱えたり、般若心経を唱えたりしているという。対象も、仏壇の中央には日蓮宗の方からいただいた「仏画」があってそれを拝まれたり、観音像を置いて拝んだりしてきたという。
 普通の方はこのような状態で仕方がないと思う。いろいろな人から良いと言われたことを全て受け入れていくと、そうなってしまう。しかし、どこかの誰かから「仏さまにお願いごとをしてはいけない」と教えられたそうで、仏壇では全くお願い事をしない。神経痛がひどいので、毎日毎晩「早く迎えにきてくれ」ということばかりを思い、憤懣やるかたない気持ちを抱いていたという。
 お参詣をはじめられたその方は、そんなお母さまを心配になって、正しいご信心の仕方をたくさんお話されていたようだ。29日、お餅つきの合間にお会いしてお話をすると、その場で「今日から南無妙法蓮華経のご信心一筋でいかせてください」とお母さま。御本尊の拝受願いをお認めになり、ご奉安のお教化となった。ありがたい。
 何より有難いのは、「お題目ストリート」を駈けてお参詣して下さる、そのお方本人である。既にご信心のお話をたくさんの人にされ、随喜を増しておられる。有難いこと極まりない。
 お母さまの教化親にはひろし君にご奉公していただくこととなった。年末、年の瀬を間近に控えているが、このような嬉しいご奉公が続く。
 今日は、31日。大晦日。今年も終わろうとしている。

2007年12月27日木曜日

妙深寺報 平成20年1月号 出稿

 今朝、何とか「妙深寺報 平成20年1月号」が出稿した。本当に、今度こそはダメかと思ったが、特に清従師のど根性によって出稿。有難かった。

 今朝9時、少々永田さんをお待たせしたが、印刷所に全原稿が回った。29日の夕方には出来上がってくる。その後、妙深寺内での配布と御縁の深い全国各地の寺院へ発送を行う。

 また、韓国、ブラジル、ドイツ、イタリアにも寺報を送付させていただいている。少々配送費などお値段は高いが、海外弘通の一助になるという思いでさせていただいている。スリランカには日本語の分かる人が皆無であるため、送っていない。しかし、半年に一度くらいの割合で持って行くことにしている。写真だけでも楽しめるだろうと思って。

 今月も20ページのボリュームとなった。これでも取り上げられない記事で溢れている。妙深寺報は余り統一感がなく、企画記事というものは極めて少ない。ただただ、ご信者さんの生の声をお伝えしようとしている。何かを考える時期かも知れないが、一ヶ月間で起きるドキュメントの記録。こんな会話、こういうお話が出ている「お寺」ということを知っていただくだけでも良い。劇的なドラマが毎日のようにあるということ。

 とにかく、今朝は満足した。これから初総講の御法門を作らせていただかなければならない。また、明日は妙深寺の大掃除だ。明後日は9時から大鏡餅つき。

 ありがたい。

2007年12月26日水曜日

明日、寺報の出稿

 明日、寺報の出稿期限。もう、時間がない。今日は朝からボロボロ。寝不足。過密。山積。原稿を明日の朝までに書き上げなければ。妙深寺報の1月号は年賀状の意味もあるのだから。頑張らないと。

 写真は横浜の繁華街。教講納会の夜に撮影したらしい。
 年の瀬の横浜。


 それにしても、今日もたくさんのことをブログに書きたかったのだが、こうして時間だけが過ぎていく。

10大ニュース

 今年の10大ニュース。例年、ご奉公の中での10大ニュースを発表している。今年は盛りだくさんで、当てるのも大変だと思う。
 年頭からのスケジュールを見返しても、過密なスケジュールの中で既に忘れていることも多いと気づく。「あれは今年だったかな」と、右から左へ受け流し(笑)てしまうこともあるから、「10大ニュース」と区切って考えることも大事だろう。
 2月2日から電撃的にスリランカを訪問した。このご奉公は、特に福岡御導師とスリランカ大統領との邂逅を実現するためのものだった。アヌラダープラでの大きなセッションは永遠に忘れられない。目の前に「天空の城・ラピュタ」が出現したかと思った。また、旧国会議事堂の正面の階段から、独立記念日のパレードを眺めたことも、大統領官邸での対談も忘れがたいご奉公となった。
 続いて、2月15日から18日間の海外出張ご奉公があった。ブラジル、イタリアでのご奉公だった。特に、ブラジルでのご奉公は、100周年を目前にしたブラジルの盛り上がりを目の当たりにし、私自身も27年ぶりとなるブラジルの空気、雰囲気、斉藤御導師や高崎御導師、コレイア御導師、その他のご信者方との再会など、大変に有難かった。サンパウロやリンス、アラサツーバ、クリチーバやモジダスクールゼスでの出会い、会話、笑顔、忘れられない。
 ブラジルからミュンヘンに飛んで、ミュンヘンからフィレンツェへ直接入った。フィレンツェでの御講、お役中に「ディフェンダーレ」とイタリア語を教えてもらって話し合いを行ったこと。ひろし君のスピーチ。ピサからの新しいご信者方との出会い。これも有難かった。
 1月から3月だけでもこの勢いだったのだが、これを後で書き足さないといけない。ブラジルでのご奉公とイタリアでのご奉公、そして韓国の姜ご住職との出会いは、今後のご弘通ご奉公にとって大きな意味を持つと考える。それを書き足したい。
 来年も、1月24日からスリランカ。2月14日からイタリア。3月20日からブラジル本門佛立宗100周年記念ご奉公のために離日する。妙深寺、大丈夫かな????

2007年12月23日日曜日

明けの鐘の音

 このブログ、このままでは見捨てられてしまうかも知れない。更新できてないから。すいません。
 今日は本年最後の門祖総講。9:30からの奉修。この門祖総講では、通常来年度の受持発表などを行う。しか~し、残念ながら今回は間に合わなかった。資料を集め、吟味しようと数週間調整してきたのだが、その資料の到着も間に合わず、吟味も出来ず、仕方なく「受持御講師の発表」は数日遅らせることにした。申し訳ない限り。
 門祖総講では本年最後となる御法門。
御教歌は、
「世の中はまだしづかなり長きよの 心晴ゆく あけのかねのね」
といただいた。この御教歌は、平成19年の初総講と1月の教区御講で拝見し、説かせていただいたものであった。
 佛立開講150年の奉賛ご奉公を終えて迎えた平成19年。「結前生後」と題して、奉賛ご奉公によって生み出された喜びの波を、どのように実感できるか、結実させ育てられるかを問う一年間であったと思う。
 一方、世は混迷を深めたように思う。経済は、地雷を踏まないように足踏みしているような状態のようだ。偽装や偽造事件は増加の一途をだどり、私たちが抱いている「食の安全」という前提は崩れてしまった。新聞には「親殺し、子殺しの時代」と烙印を押されてしまった。
 その一年の中、私たちは「明けの鐘の音」を聞いて、「心晴れやか」になれただろうか。いや、私たちは、そうならなければならない、と教えていただくのだ。末法の長い闇の世にあっても、私たちは、さらに晴れやかに生き抜こうと決意する。しかも、まだ闇の世にあって眠っている人、暗闇に迷う人の支えとなり、励ましとなる生き方を志す。
 誰が聞いても、ふさぎ込みたくなるニュース。平成19年は1月1日から3日までの間だけで以下のような事件があった。
・長男火付け自宅全焼、78歳父遺体で 茨城1月1日配信 毎日新聞
・母親刺殺、長男を逮捕=「なじられ恨み」-神奈川県警1月1日配信 時事通信
・母が包丁で1歳長女切りつけ逮捕 千葉市1月1日配信 毎日新聞
・72歳父、酒に酔い41歳息子を刺殺…東京・東大和1月2日配信 読売新聞
・小2二男殴るける、1週間のけがさせた父親逮捕…姫路1月3日配信 読売新聞
・父親に殴られた1歳男児、死亡 千葉・市原1月3日配信 毎日新聞
・女子短大生の切断遺体 渋谷 自宅でポリ袋に入れられ発見。弟逮捕。1月3日配信 産経新聞
・倉敷の4歳児虐待死:暴行容疑で母親送検 二男の死因は七味吸入。岡山1月3日配信 毎日新聞
 こうした事件を聞いて、イヤな気分にならない人はいない。ふさぎ込む。自分の母親が幼い子どもの口に七味唐辛子を詰め込んで殺している。今年のお正月、僅か3日間でこれだけの事件が起きていた。平成20年のお正月は大丈夫だと、誰が言えるだろうか。
 しかし、私たちは「明けの鐘の音」を聞いていることを自覚しなければならない。その「鐘の音」を以て、暗闇に怯え、苦しんだり、迷ったりしている人の、何とか力になろうと努力しなければならない。走り回って、「起きて」「起きて」と呼びかけてもいい。
 アトピーが増え、ぜんそくはこの10年で倍、幼児虐待はこの6年で2.5倍。先住がご遷化になられてからの僅か6年間で倍以上になっているということだ。そして、いつもの通り、「原因は特定できない」「分からない」と結ばれる。
 七五三の時のブログにも発表したが、この10年来、日本の学校での障害児増加は著しい。神奈川では、養護学校の在籍児童数は毎年2校分に匹敵する200~300名のペースで増え続けている。小・中学校の特殊学級はさらにハイペースで、その学級の在籍児数は10年前に比べて2倍近く増加している。そして、結びはこうだ、「原因は特定できません」。
 まさに、長い暗闇。便利になった、社会は発展した、豊かになったと言いながら、薬の数だけ病気が増えている。戦争も起きてないし、爆弾も使っていないのに、イラク戦争の死者に匹敵する35000人が毎年自殺するような日本。何かが間違っているし、何かが欠けている。
 こうしたことを御教歌をいただいて、説かせていただいた。これから、平成19年度の「教幹納会」にッ向かう。平成20年にむけて「結実と飛躍」を誓うと企画してくれた。振り返ってみても、例年以上に今年は「鐘の音」が強く聞こえた年だった。本当に有難い。有難いとつくづく思う。百本祈願の流行しているお寺。多くの人が御題目口唱を喜び、御利益を感得している。有難い。

2007年12月19日水曜日

12月19日 京都


 12月19日の早朝、京都に戻った。今月は4度目の往復。昨日は13時からの新横浜教区の教区御講だった。とんぼ返り。素晴らしい御講だった。
 明日、京都での締めくくりのご奉公。次の日は本年最後の清和会御講があり、そして最終年末の御総講へと向かう。今年も本当に年の瀬。どんな一年だっただろう。来年はどんな一年になるだろう。
 何度も言っているが、佛立信者の年末に思うことは2つ。「感謝」と「御懺悔」。
 「ありがたい」ということに気づかなければならない。一年を振り返って。そして、「よい事をして懺悔をばしたるかな~」で、普通は良いことをしたら「御礼を言われて当たり前」となるところだが、佛立信者は振り返って「良いことをしたつもりだけど、その中でも反省点がなかったか」と振り返る。そういう意味に於いて、感謝と御懺悔が大事だと思う。
 そして、佛立信者は知っている。こうした締めくくりが出来ない限り、良い年など来るはずがない。正月に、ちょろっと神社や仏閣に詣って、賽銭箱に小銭を投げ入れても、良い年になるはずなどない。そんなことがあるわけない。あったとしても因果から外れているから後が怖い。
 とにかく、一年を振り返れば途中で失速したようにも思うし、反省点も多々ある。来年はさらに決死の覚悟で、全身全霊で御弘通に挺身しなければならないと反省している。
 妙深寺のご奉公では感謝感謝しか浮かばない。本当に多くの変化の菩薩方が現れてくださったと思う。本当に充実の一年だった。多くのご信者さんに支えられ、盛り上げていただき、お教化も育成も大躍進を遂げた一年だった。特に、今年お寺にお参詣するようになった方々、新教化の方々は「花の19年組」と謳われる。ありがたい。老いも若きも、和気藹々の雰囲気を楽しんだ。先日のひろし君の部御講には、他の教区長もお参詣くださって、初心のご信心を分かち合ったという。まさに、変化の菩薩方に支えられた一年だった。
 開導聖人の御指南、
「衰える時分時分には、地涌の大士、立ちかはり、入れかはりに出世ありて御弘通絶えることなし。弟子となり師匠となり、旦那となり無令断絶、疑いなきこと也」
を実感した。必ず、出てきてくださるんだなぁ、と。「衰える時分」が今だと言う気はないし、昨年までの妙深寺が「衰えていた」と言うつもりはないが、それでも問題や課題はたくさんあった。横浜という範囲に限定して「衰える」ということではないのだろう。この時期に、こんなに多くの菩薩方が誕生して、集まってくださっていることに、感謝感謝。必ず全世界に還元しなくては。
 ネットの中で色々なマイナスの話が出ているようだし、そういう意味で「衰える時分」と言えるのかもしれない。そこにフォーカスしても本当の問題は見えない。こうしてご弘通させていただく中に答えがある。果報の中で精一杯のご奉公をさせていただき、現証の御利益を顕してゆくしかない。それがお導きなのだ。私にはいくつかポリシーがあるが、その一つが「悪い話は、もし聞いても自分で止める。良い話は世界中にご披露する」だ。佛立信者とは、そういう人だと思う。だから、佛立信者は世界の浄水器のようなものだと信じている。
 「よの人のさがなしごとをまた人に つたへてわれに罪なつくりそ」
 御教歌をいただけば、自分の生き方、佛立信者らしいスタンスが分かる。まさに、自分の果報の中で精一杯のご奉公をさせていただきたい。その中で、こんなに素晴らしい方々に囲まれていることを、素直に喜びたい。
 「弟子となり師匠となり、旦那となり無令断絶、疑いなきこと也」
 本当に、実感させていただく。ありがたい。

時代の兆し@横浜ラグーン

  9月16日は「オゾン層保護のための国際デー」、横浜ラグーンを放送させていただき、ネパールでの大災害を含めて気候危機、環境問題についてお話させていただきました。 天変地異が相次ぐ世界、国際政治も危機的な状況を迎えています。きっと、もう平和な時代は終わりを告げていて、戦国時代のよ...