2007年11月8日木曜日

イタリアでのご奉公について

 先日、妙深寺から海外弘通を支援しようという部門、海外部から、私のブログの中に「海外弘通 イタリア」という項目が無いことや書き込みが少ないことが指摘された。調べてみると本当に無い、無い。何ということだろう。そう、ちょうどイタリアでのご奉公から時間が経ってからブログを始めさせてもらったからだろう。シンガポールやスリランカでのご奉公が先行してしまっていた。
 イタリアのご弘通ご奉公については、麻樹ちゃんがHBS NETWORKでブログをスタートしてくれている。「Makiのイタリア通信」がそれだ。いまでこそ、たくさんの方がブログを立ち上げ、ご信心のことなどを語ってくれているが、ローマ在住の麻樹ちゃんはまさにこの分野の先駆者だ。家庭や子育てのことで忙しい麻樹ちゃんにお願いして、イタリアからのエッセーを書いてくれるように頼んだ。これは画期的なことだった。とにかく、今までは海外弘通の正確な情報をスピーディーに得ることなど想像も付かなかったが、忙しいのに麻樹ちゃんが文章を書いて発信してくれることによっていろいろなことが感じられる。「HBS-Network編集部&海外特派員によるエッセーやレポート etc...」と題して好評のブログだ。
 麻樹ちゃんは、マッシミリアーノ・バレンティーニ氏と結婚し、ローマに住んでおられる。福岡御導師のお嬢さまでもあり、マッシーが入信して日本に来ておられた折に麻樹ちゃんに一目惚れしてイタリアに連れて帰ってしまった(こんなこと書いたら怒られるかな)。ずっと前に書いたと思うが、麻樹ちゃんと初めて会ったのは僕が小学生でブラジルに行く時に寄らせていただいたハワイ別院だったから、あれから30年近く経っていることになる。その彼女がイタリアのローマで一生懸命、妻として、一人の本門佛立宗のご信者さん、菩薩として、マッシーと一緒にご弘通に励んでくれている。
 2人は妙深寺の門祖会にお参詣してくださり、イタリアのご弘通の状況を説明してくれた。また、その直後に妙深寺の団参者が福岡御導師にお願いしてイタリアの親会場にお参詣した。以来、私も福岡御導師に随行してイタリアのご奉公を勉強させていただき、2006年、2007年と、寂しいけれども一人でご奉公させていただくようになった。福岡御導師のご奉公の、せめて一助となれればと思っている。
 イタリアのダニエレ・良誓師とは、とても良い関係だ。福岡御導師のご配慮もあり、良誓師とは一緒にご奉公させていただく機会を増やしていただいている。2006年の夏には良誓師とティッツィアーノ氏を日本にご招待して、妙深寺にもお参詣していただき、スリランカ大統領と接見した際には、イタリアからスリランカまで飛んできていただいて一緒にご奉公させていただいた。その直後の今年の2月~3月には、ブラジルからダイレクトにイタリアを訪れた。ひろし君もフィレンツェに合流して、2人でご奉公をさせていただいた。
 さて、少しイタリアでのご奉公について書いてみたが、まだ入り口だけだな。イタリアでのご奉公は大変な刺激になります。カトリックの総本山のある国。国民の90%がキリスト教徒であり、ルネサンスの国、ローマ帝国の首都。そのようなヨーロッパの宗教・文化・歴史の中枢に位置するイタリアでのご弘通ご奉公なのである。大変な勉強であり、刺激だ。
 来年、1月にスリランカに行かせていただき、2月にはイタリア、3月にはブラジルのご奉公に行かせていただこうと思っている。

2007年11月7日水曜日

9日にアルンダティーのお助行を、

 スリランカのアルンダティーさんからメールが来て、9日に手術するとの事。突然のことで驚いたが、深刻な病気ではないようだが、こうしてお助行を依頼してくれることが嬉しい。私からも早速返信をさせていただいた。

 アルンダティーさんは、スリランカで最も早くからご弘通活動をしているウィージェセケラ氏の長女であり、ウィージェセケラ・ジュンコウ師の妹さんである。スリランカにご奉公に行かせていただく際には、いつも司会者やコーディネート役を買って出て、ご奉公してくださる。ご本人も、数え切れないほどの御利益を体得していて、ご信心がブレることがない。

 御題目を心から信じて、お看経をよくされる。お参詣、御法門聴聞も素直に、率先してなさる。眼が綺麗で、ひまわりが咲いたような瞳を持っておられる。

 現在のスリランカにはいくつかのグループがあるが、アルンダティー女史はいつもお父さんをサポートして、他のグループとの連携も取ってくれており、誰からも好かれる大変に聡明な女性だ。ビジネスウーマンとしても成功しており、先日までベルギーに農業プラントの技術者・開発者として長期の出張をしていた。

 先日のシンガポールにもスリランカから合流してくれて、一緒にご奉公してくださった。津波の支援活動の際には妙深寺にもお参詣してくださり、妙深寺のご信者の方と和気藹々の交流をしてくださっていた。右の写真の、左から二番目がアルンダティー女史である。一番左がお母さんのナンダさん。一番右がラジ女史、その隣がドクター・ミランダ女史である。後ろにはエカナヤケさんも見える。

 とにかく、その彼女からのメール。題名は「To Rev. Nagamatsu Odoushi(親愛なる長松御導師へ)」というもので、そこに書かれていたのは御祈願の依頼であった。プライバシーもあるので、一部文章を割愛させていただくがご紹介する。小さな手術を9日金曜日の午前に受けるそうなので、どうか彼女ために御題目をお唱えしていただけないだろうか。

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Dear Rev. Nagamatsu Odoushi

How are you keeping?

I'm fine here. I'm busy with the new job but I like to work hard. I heard that you will vist to Sri Lanka very soon. It is a good news to all the HBS members in Sri Lanka.

Nagamatsu Odoshi, I need a help from you.
(中略)
So I have to do a small operation on this Friday (9th November 2007) at 9.00 am. Dear Odoushi, could you please chant for the success of this operation. I'm sorry i'm bothering you like this. But please chant odaimoku for me.

In my life all the time I received countless benefits from Gohonzon So I have a strong faith that this will work out successfully.

I hope all the members in Myoshinji Temple are keeping well. I will write to you soon.

Nam Myoho Renge Kyo

Yours faithfully

Arundathie

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 何か書かれているかといえば、11月9日の午前9時から小さな手術をしなければならなくなった。ついては、この手術が成功するように御題目をお唱えしていただけないだろうか、という。本当の兄妹のように思っているから、と。ただ、彼女はこれまでも数え切れないほどの御利益をいただいてきているから、手術は成功するに違いない。そして、妙深寺の全てのメンバーを気づかっているコメントで結ばれている。

 私からも早速返信をした。

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Our Dear Arundathie,

I certainly received your mail and your request.
I will do anything for your happiness.
We are chanting to the Odaimoku for you on Friday.
Nine o'clock of Sri Lanka is 12 o'clock of Japan.
We will begin to chant Odaimoku and to pray from 12 o'clock in Myoshinji temple.
We will chant the Odaimoku for you at time when your operation is begun.

I know strength of your faith.
I am convinced that you get benefit without fail.

We are family of HBS.
I am always pray for your family’s happiness.

Please settling down in operation,

Yours in the Finest Dharma,

Namu Myoho Renge Kyo,,,,

Seijun Nagamatsu,

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 とにかく、御祈願をさせていただくと書かせていただいた。スリランカと日本は時差が3時間ある。手術の始まる時刻、スリランカの9時は、日本の12時だ。手術と同時刻から御題目をお唱えして、御祈願することが出来る。その御題目のバイブレーションは、必ず彼女に届くだろう。

 私たちは世界中に家族がいる。いや世界中の人々が家族なのだ。アルンダティーさんが兄妹のように思ってくれているのも嬉しいし、彼女のために御祈願させていただけることがもっと嬉しい。先に挙げた写真に映っているミランダさんやラジさんは私の姉のようだし。

 上の写真はシンガポールでの一コマだが、スリランカからお参詣に来てくださった子どもたちと遊ぶのも毎回の楽しみだ。上座部仏教のお坊さんはそんなことはしないから、眼をグルグルさせている。この子たちとは写真の撮りっこをしたり、彼の持っていた最新鋭の携帯電話にインストールされているスノーボードのゲームで遊んだ。とにかく、みんながHBSのファミリーである。

 さて、9日。どうか、アルンダティーと御縁のある方、いや直接は知らないという方も、朝参詣に併せてこの御祈願からお助行に参加していただきたいと思う。

「Arundathie H. S. Wijesekera(アルンダティー・ウィージェセケラ)、手術成功、経過良好、御利益感得のお願い」

生命が担保されると欲望が多様化する

 どこで聞いたか忘れてしまったが、「生命が担保されると欲望が多様化する」という。スリランカの方の来日の時に、この言葉を思い出していた。
 日本は経済大国となり、豊かで安定した時代を迎えた。確かに、政治や社会に不安要素はあるものの、世界各国に照らしてみれば明らかに平和を享受している。
 発展途上国と呼ばれる国々、特にスリランカなどでは貧困やテロが身近にあり、生命の安全保障(人間の安全保障)が日本とは大きく異なっているというのに。だから、上記の言葉を思い出していた。
 生命が担保されているか、いないか、自分の生命の維持が出来るか、出来ないかという、もっとも基本的な、身近な、切迫した問題が、自分自身にとってどのくらいの距離にあるか。複雑な言い方で申し訳ないが、日本とは「生命(人間)の安全保障」の点で大きく異なっていることは、人間の在り方に決定的な違いを生み出すのは勿論、一般的に言うところの信仰や、私たちのご信心やご弘通の面に於いても明らかな違いを生み出していると思うのである。
 考えてみれば当たり前のことなのだが、「生命が担保されると欲望が多様化する」のだ。命が維持できることを、無防備に当然のことと思えている人間は、その欲望が「生命の維持」に向かない分だけ多様化していくのである。であるから、欲望があまりにも多様化した日本と、生命が担保されていないスリランカの人たちの人間性とその感性に、人間本来の心、信仰の在り方、受け止め方を見つけることが出来たのだった。
 なぜ、こんなことを書くのかと言えば、今朝の長松寺での出来事がある。来年20才になる弘宣くんの目覚まし時計がけたたましく鳴っていたのだ。鳴り続けて、鳴り続けて、鳴り続けて、そしていい加減に起こさないといけないということで起こした。
 しかし、まぁ、その鳴り方は半端な音ではなくて、よくもまぁ耳元でこんなものが鳴っていて眠れるものだと感心した。驚くべき音量レベルなのである。「眠い」というだけであれば、一度目覚まし時計を止めてから寝れば良い。しかし、全くあれだけ大変な音量の目覚ましを放っておけるというのはどういうことだろう。
 生命が担保されているということは、すごいなぁ。つまり、猛獣の住むジャングルで寝ていたとしたら、人間は少しの葉音や足音でも目を覚ますではないか。そこを、住居を構え、心休まる場所が与えられているからこそ、こんなにも無防備にもなれるのだ。目覚ましがけたたましくなっていても眠れるのである。あぁ、こういうことが生命の担保なのだなぁ、と思ってしまったわけである。学生時代の私とて、弘宣くんと変わりはなかったのだが、でも一度目覚ましを止めてから寝ていたなぁ。
 生命が担保されていると欲望は多様化する。生命が保障される環境に身を置いていると、生きる上で欠かせないこと、人間にとって原則的に大切なことに対して、鈍感になるのかもしれない、と思った。生命の担保によって与えられた「余裕」の中で、あまりに好きなこと、欲しいもの、したいことを考えられるし、出来る。100%これが悪いとは思わないが、人間として大事なことを忘れてはいけないということを思ったのだった。
 京都、長松寺で、そう感じた。今日は暑いくらい、晴れています。

2007年11月4日日曜日

今朝の空

 今朝の空は、思わず息を飲んだほど綺麗だった。

 本堂に入る直前、そこに窓があり、遠くに横浜の港が見えると何度か書いてきたが、今朝は本堂に入る前に立ち止まってしまうほど、朝焼け、雲、光のコントラスト、高層のビルや風車の影がぼんやりと浮かび上がっていて、何とも言えなかった。

 随行の清仁師にカメラを持ってきてくれるように頼んだ。走って持ってきてくれたカメラでパチリ。空が青い。

 何年前だろう。マウイ島のハレアカラ山から朝焼けを見た。ハレアカラ山は標高3000mを超える火山だが、何と車で頂上まで行くことが出来る。真夏であろうとものすごい寒さで、その時もIwasakiさんの家から毛布をたくさん持って行って、毛布にくるまって外に出る。空気が薄い。私たちが頂上に着いた時、空はまだ真っ暗だった。

 そこでガチガチ震えながら夜明けを待つ。太平洋のど真ん中に浮かぶ島。その島にある富士山に近い標高から日の出が見えるなんて。太平洋の向こうから太陽が上がってくるのを、観光客だろうか、大勢の人たちが見守っている。お年寄りもいれば、星座の説明を受けている観光客もいるし、ホテルから抜け出してきたような若いカップルもいる。みんな毛布にくるまっていた。

 今もそうだが、その頃も松井孝典氏の著作を読みあさっていて、ちょっとした天文少年だった。天体望遠鏡を持って、そこに映る何千万キロ、何光年も先の星に思いを馳せる。星たち、星座、星雲。そんな世界、宇宙を感じながら、俯瞰的に地球、人間圏を眺める。その繰り返し。ありがたい。

 熱心な法華経の信者、宮沢賢治が御仏の説かれた壮大な宇宙論から「銀河鉄道の夜」を書いたように、法華経のスケールの大きさは旧約聖書の創世記などの比ではない。法華経を拝見していると、何個も、何個も、星雲や、生命の存在した星を飛び越えていく感覚が湧いてくる。時間も、空間も、飛び越えて宇宙に存在、偏在していく感覚。そうした世界から地球という天体に集まってくる感覚。帰って行く感覚。戻っていく感覚。

 そうしたものを宮沢賢治は彼独特の感性で受け止め、豊かなイメージと壮大なスケールの童話を書き上げたのだろう。本当に、彼のように御仏の世界を描き、実践できる人も素晴らしいと思う。

 私はと言えば、もっと現実的だし、小賢しい。『宇宙からの贈り物』として「ドレイクの方程式」などを紹介して、宇宙を正しく見据えることを薦めた。壮大な宇宙を小馬鹿にしたような占いや風潮があるのを嘆かわしいと思って。

 とにかく、私は空と雲が大好きで、いつまでも眺めていられる。そして、地球を体験できる朝焼けや夕陽を見ることが好きである。さらに飛躍すると、地球と宇宙を大実感できる『スカイダイビング』だって好きであった。先輩に連れて行かれて、ライセンスまで取ってしまったのが『スカイダイビング』であった。これはまた別の機会に話をしたい。そして、実は隕石も好きである。特に、『アエンデ(Allende)隕石』には興味が尽きず、ワシントンのスミソニアン博物館で見た時には大感激した。

 この隕石は、1969年2月8日、現地時間の午前1時に、メキシコのアエンデ(Allende)近郊に落下した隕石。落下の際には周囲が明るくなるほどの大火球が目撃され、大きな爆発音で村人が目を覚ましたという。全部で2トン以上の隕石がバラバラになって落下し、その範囲は150平方キロメートル以上に及んだ。
 アエンデ隕石は、太陽系が超新星爆発のガスなどが集まって出来始めた時、最初の高温の段階でガスから凝縮した塵が45.66億年前に固まった太陽系で最も古い物質であることが分かっている。当初、歴史上はじめて太陽系外から飛来した隕石と考えられていた。この壮大なスケール、想像がつくだろうか。

 そういう経緯もあって、太陽系外物質の発見や、アミノ酸の検出により生命の起源の問題にまで謎を投げかけたのであった。まぁ、とにかく、そういうことの大好きな天体少年なのであった。

 ここに出した2つの写真は、スミソニアン博物館を歩いていた時、偶然目の前に飛び込んできたアエンデ隕石の展示。感動して写真を撮った。

 小さなアエンデ隕石の欠片は、私の宝物でもある。

2007年11月3日土曜日

高祖会まで1週間

 妙深寺は来週10日、11日に高祖会をお迎えする。今日は10時から高祖会奉修のための総打ち合わせ会が行われている。
 事務局各部門をはじめ、各教区長や教養会の会長など各ご奉公者の方々が参集してくださり、来週の高祖会の準備を進めてくださっている。毎回毎回、工夫を凝らしてくださっており、会議にも熱が入る。私は、ほぼ発言をしないで進んでいく。いや~、ありがたい。
 最初のご挨拶だけ、力を入れてさせていただいた。その内容は下記の通り。来週お迎えする御導師は、小林日元上人であること、私たちが毎月読ませていただいている「まごころ」の発行者であられ、いつも巻頭言では随喜させていただいている。その御導師が横浜に来られるのである。しかも、日本の中では最も横浜から遠い九州は博多から、飛行機で来ていただくのである。このことを考えねばならない、と。
 また、小林信翠師もご出座くださる。荒木源定師もご出座下さる。共に本当に素晴らしい小林御導師のお弟子、ご弘通家である。イケメンでもあり、見るだけでも楽しめる(笑)。
 先日、ご紹介したが、荒木師は何もない倉庫のようなところから親会場を建立し、ご奉公されている。そのDVDを送っていただいている。見た方は良いが、是非高祖会前までにDVDを見ていただきたい。私たちがどれほど幸せか分かる。荒木師とご信者方は御宝前のお道具も手作りで用意しているのだ。その親会場が出来たことを喜ぶご信者方の声、「開門参詣が出来る。それが何より」と喜ぶ方々。見習うべき点がたくさんある。
 また、荒木師のお嬢さまのことをDVDでは紹介してくださっている。教務として、親として、父として、そのDVDを見て私は泣いた。泣けた。荒木源定師に、その心、気持ちに泣いた。有難い。ぜひ、みんなで見るように。
 九州・博多・光薫寺のご信者方は、はるか九州から横浜に来てくださるのである。遠い団参である。普通であれば、なかなか参詣団が組めない。しかし、そこは随喜したご信者の多い光薫寺。40名を超す団参を組織してくださったという。このことを、私たちは噛みしめているか。
 1つの教区で80名という参詣目標があるとする。いや、部であれば38名とか、40名という参詣目標もあるとしよう。私たちが将引ご奉公に気張っているのは、妙深寺に所属する、妙深寺に近い方々の「40名」前後の方々である。それがお参詣出来ないでどうするだろう。遠くからの、九州からの妙深寺を目指してくださるご信者様方が「40名」という。大変なお金を交通費にも払い、時間を使って、私たちの「妙深寺」を目指してくださるのだ。この「志」「ご信心」を見習わなければ、九州からお参詣くださる方々は大変な「功徳」を積まれるが、お受けする私たちは大変な「罪障」を積むことになるのではないか。
 どうか、そのことを踏まえて、喜び勇んでご奉公させていただこう。準備ご奉公、参詣将引、感動ある御会式づくりに励みましょう。

2007年11月2日金曜日

11月は断食からスタート

 大変に大勢のお参詣で、月始総講から11月のご奉公がスタートした。しかし、続いて行われた今月の教務会は、非常に厳しい内容のものにさせていただいた。

 多くの方から現在の妙深寺の雰囲気をお褒めいただく。心温まる、家族のようだ、活気がある、感動がある、、、、、等々。しかし、私はもっともっと改良しなければならないことがあると思っているし、自分も含めて、妙深寺の欠点はたくさん見えている。そこを何とか、今の教務部が一丸となり、さらなる改良を実践し、ご弘通発展に向かうことが大事だと思っている。

 だからこそ、昨日の教務会では楽観的な話ではなく、非常に厳しい面、教区内の詳細なご奉公の状況、ご信者の抱えておられる悩み、家族や法灯相続に関する問題点などについて話をさせていただいた。そして、みんなで心してご奉公に当たろうと決意を新たにした。

 そんな会議が終わり、フラフラっとした。実は、今日2日が病院での治療と処置で、1日の月始総講はほぼ一日絶食という状況だったのだった。教務会でもチューチューと病院から出された補給ゼリーや小さなビスケットを食べていた。

 今日、朝から病院に行って治療を受けた。恥ずかしながら、小さなポリープを取っていただいたそうだ。う~ん、ありがたい。しかし、断食から11月がスタートするなんて、ラマダンのムスリムみたいやなぁ。いや、ラマダンは夜中にガツガツ食べられるし、健康に悪いなぁ。でも、これを機に、もっと健康に気をつけよう。身体を絞ろ。

2007年11月1日木曜日

11月のスタート

 いよいよ11月がスタートした。例月、1日というのは一番忙しい。今日は10時から月始総講、13時から協議会、15:30から教務会と続く。教務会では来年度のご奉公の進め方などを協議し、12月の日程表についても調整する。

 10月は、まさにあっという間に過ぎてしまった。スリランカからのお二人は、1日に来日したのだから丸1ヶ月が過ぎたことになる。そんなに時間が流れた実感がない。本当にあっという間に過ぎてしまった。
 京都での地域代表者会議、本山宥清寺の高祖会、連日の教区合同御講、浅草清雄寺の高祖会へのお参詣、相模原妙現寺の高祖会ご奉公、韓国への高祖会奉修のご奉公。ありがたい。
 11月は、何と言っても10日、11日にお迎えする妙深寺の高祖会が主たるご奉公となる。連日準備に余念がない。博多光薫寺ご高職・小林日元上人に御唱導の栄を賜る。そして、小林信翠師と荒木源定師も横浜に来ていただける。たのしみばい。
 では、やっと御法門も完成したので(一夜漬けではあきまへん)、月始総講の準備をさせていただこう(まだ書かなきゃいけない原稿がたくさん残っております。トホホ)。

シン・Science meets Buddhism

  京都文化会議 2026を終えて、今日は京都から横浜、横浜から京都へ往復してきました。とにかく素晴らしい会議でした。世界の課題を共有し、それぞれのバックグラウンドから専門性の高い議論が交わされました。 Leave this world a little better than ...