2014年5月15日木曜日

天然のことはり

スリランカは年に一度のベサック。

仏陀釈尊の誕生を祝う満月の夜

仏教が潰えかけているインドでも、その日は特別の日です。

眩しいくらい、光輝く月明かりに照らされて、霊鷲山の緩やかな坂を上りました。

その月は、御本尊の向こうに見えていました。

御題目が響く中、月の輪郭は淡くなり、ついには消えてゆきました。

〝月を待つまでは灯を憑み給ふべし〟

〝若し日蓮なくんば佛語虚妄とならん

〝佛法は月の国より始て、日の国にとどまるべし。月は西より出で東に向ひ、日は東より西へ行くこと、天然のことはり

すべて、だれも思ってもみない、おはからい。

完全なるタイミング。

太陽が出ると、月は役割を終えて淡く消えてゆきました。

ほんとうに、月を輝かせる、日の光りが、大切な、本門の、本物の、Primordialな、法と、人と、ご奉公が、大切であることを教えていただいたように思います。

どなたでも、いつも、いつでも、大切なことを忘れずに、でも思いを新たにしてゆくことが大切だと思いますが、また、ここから、始まりと心得て、歩んでゆきたいと思います。

幻想的な、夢のような夜と朝、月と日、霊鷲山、真上の空。

霊鷲山は、五つの山に囲まれています。

中国の天台山も、五山。

〝五山の送り火〟で分かるとおり、京都も、五山。

鎌倉も、五山。

五山信仰というものも、すべて霊鷲山がルーツです。

法華経本門は、生きた仏教です。

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