怖いくらい、尊いことが起こるものです。
今日は京都佛立ミュージアムの運営委員会でした。
サンマリノ共和国での展示会から、初めての会議。
数え切れないほどやらなければならないことがあって、でもそれをみんなで出来る有難さを感じながら、前に進んでいます。
「トランクの中の日本」という書籍を読んだことがありますか?
ジョー・オダネル氏が1945年の秋から1946年の春にかけて撮影した写真の数々と、その心の変遷が載せられています。
3年前、私たちはその写真と心を真っ直ぐに受け止めて、企画展を開催しました。
そして、3年後。
ローマ法王が少年の写真を取り上げたことから再開催を決意し、京都佛立ミュージアムでの展示、同時にサンマリノ共和国での開催へと進んで参りました。
「トランクの中の日本」の最後の写真は「帰国命令」の中の「無言の証人」です。
「物言わぬ証人であるかのような、その冷たいコンクリートの頭は、浦上天主堂から爆心地を見下ろしていた」
このようなキャプションが寄せられています。
再開催にあたり、私たちは立命館大学国際平和ミュージアムから「広島や長崎の原爆資料」をお借りいたしました。
もちろん、長期間の展示会でもあり、お借りできるものは限られています。
その中で、長らく貸し出されていなかった品々をお選びいただき、京都佛立ミュージアムに展示させていただいたのです。
その中に、破損している部分が違うとはいえ、このオダネル氏の写真と同様の、浦上天主堂の像の頭部があったのです。
恐ろしいくらい、巡り合わせというか、共時性、シンクロニシティというか、見えざる力を感じます。
オダネル氏は原爆症のような症状に苦しみ、生涯で50回以上の手術をしたそうです。
そして、2007年8月9日、長崎に原子力爆弾が投下された、その同じ日に亡くなりました。
偶然とは考えられません。
そもそも偶然など存在しないということを思い知らされます。
ありがとうございます。
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