2019年1月31日木曜日

同じジャンパーと同じズボン
































日が暮れました。長い1日でしたー(涙)。


外は真っ暗。星がまばゆいほど輝いています。


ご弘通に向かって、さらなる決意を固めています。


不便で、貧しくて、大変な国ですが、やはり大切なことに気づかせてくれる。


ネパールでご奉公するようになってから僕も変わりました。少し強くなったし、少し変なものが落ちたような気がします。


3年前、ミルキーババの家で撮った写真がありますが、あの時も今回も同じジャンパー、同じズボン。持続可能だー(笑)。


今回も、毎日同じトレーナー、同じズボン。下着は変えているのですが、これで十分なんですよね。


そういうことじゃない、もっともっと大切なことに気づいて、変なものを落として、脱いで、自由になれる場所。


本来、仏教、ご信心というものはそういうものだと思っています。


今日は朝参詣から朝のご供養、そして3時間の集中講義。みんな真剣でした。昨日は私から八品教学の概略についてレクチャーをさせていただきました。すべて英語でですよー。エヘン(笑)。


今日は昨日伝えていたとおり質疑応答。なんでも質問していいルールで、とっても楽しかったです。進之介くんも真剣に聞いていました。


お昼のご供養は清天師の奥さん・プジャさんの手作り。というか朝も昼も手作り。今朝はポップコーンではなく、薄いパンケーキかナンのようなもの。黒豆を添えて、美味しかったですー。


お昼はダルバート。プジャのお料理はどこで食べたネパール料理より美味しい。


午後からは今日参加できる主要なメンバーで会議を行いました。ネパール国が認定する法人としてしなければならないことがたくさんあります。みんなで整理して、ステップを踏んでゆくしかありません。


その会議でも、プジャがみんなに温かいお茶を持ってきてくれる。たった一人の清和会。もう立派な佛立教務夫人です。本当に頭が下がり、彼女はすごいと思いました。ありがとうございます。


進之介は休憩時間にハンモックでくつろいでいました。


ありがたいですー。


明日は9時から月始総講を奉修させていただきます。


いまネパールは19時を過ぎたところですが、これから会議に参加したみんなで食事をいただきます。また外でバーベキューだそうです(汗)。


明日のフライトで日本に戻ります。

ネパールでのお助行




























凛とした空気。


ネパールの朝。朝参詣を終えて、ホッと一息です。


私たちにとって「御本尊」とはSIMカードやWi-Fiルーターのようにも思えます。


御本尊を通じて遠く離れた人ともつながることができる、あちらの世界とも具体的につながることができる。


今日も遠く離れた日本の方々、妙深寺で寒参詣に励まれている方々、ご病気の方々、術後の方々を祈り、交通等の安全、災難除滅を祈る。祈ることが出来る。この幸せ。


「願い」があっても「祈り」がなければ消化不良になります。そしてその「祈り」はプラクティカルでなければなりません。


祈れる幸せ。つながる幸せ。


昨日もお助行に廻らせていただきました。


スンカニ村には9つの小さな集落があります。


一昨日はグルン集落、昨日はタナバンジェン集落のご信者さんのお宅をお助行に廻りました。


2年ほど前、加齢と病気で衰えた、93才のお助行がありました。この集落の中でも極貧の、トタンの隙間から寒風が吹き込む土間の部屋で横たわっていました。


彼は「早く死にたい、早く死にたい」とずっと言っていました。清天師が手を握り、御題目をお唱えしていた翁です。


娘さんの決意で御本尊をご奉安することとなり、ご奉公に行かせていただきました。翁の姿を見て、手を握り、御題目をお唱えさせていただきました。


数日後、その方は静かに息を引き取りました。彼にとって苦しみだけになってしまった人生の幕が、御題目とともに、こうして閉じられた。いろいろな人生がありますが、このお話も村中に広まりました。


あれから2年が経ち、娘さんはしっかりとご信心を続けておられます。しかし、同じく高齢の85才の目の見えないお母さんが、足も衰えて歩くことが出来なくなり、やはり口を開けば「苦しい。つらい。」と言うのだと相談がありました。


昨日お会いしてきました。聞いていたとおり、本当に辛そうでした。彼女の名前は「タラ・デビ・ラマ」。タマン語を話します。「ラマ」という苗字はチベット仏教の僧侶だった一族を表しています。


手を握り、御題目をお唱えして過ごしました。みんなで写真を撮りました。背景は美しいヒマラヤのパノラマです。


新たに御本尊をご奉安されたお宅へもお助行に伺いました。双子を持つ若いお母さんのお家です。レストランを経営しています。


この女性も、しっかりとフクメンを付けてお給仕していて、育成のご奉公が行き届いていると感じました。


ナランの奥さん、スッバが妊娠したと報告してくれました。いま4ヶ月。待ち望んでいた2人目の子どもです。御本尊をご奉安し、婦人会長のようにご奉公してきたスッバ。よかったー。みんなで御礼と安楽産福子のご祈願をさせていただきました。


昨日のお助行にはシンバが付いてきたのです。自分から付いてきました(笑)。何かあったら危ないので、境内を出るところで鎖を付けました。


ずっといい子にしていました。久遠もお助行に参加したのですが、シンバの背中に乗せてみました(笑)。シンバはしっかり題目塔を守っています。


見習い修行中のアチュットさんがお布巾を洗い、干している姿は、どこでも変わらないお水屋の風景で、これもありがたい。


昨夜もレオパード(ひょう)の話で盛り上がりました。運転手、清地師、進之介くんも一緒に見て、あり得ない大きさだったので、このあたりのニュースです。最初見た時、トラと思ったほどでした。


ここにはシンバとナラがいるから大丈夫ですね。いろいろと失敗ばかりですが、シンバをもらってきたことだけは正解だったね、と話していました。


今日は勉強会、そして全体ミーティング。夜は親睦会の予定です。


そして明日、月始総講を奉修させていただいて、そのままカトマンズの空港へ向かう予定です。


体が臭かったらごめんなさい(涙)。なんとか綺麗にします。


ずっと天気が悪くて、遠くの山は見えなかったそうです。昨日は本当に久しぶりの雲ひとつない晴天。これだけでもヒマラヤに祝福されているようで、嬉しくなります。


昨日の取材は約1時間。太陽の下で行われたので、また日焼けしてしまいましたー(涙)。

2019年1月30日水曜日

ヒマラヤを前にして



























いま、僕の目の前ではシンバがスヤスヤと眠っています。


その向こう側にはヒマヤラの神々しい山々。もはや人間界とは思えないくらい素晴らしい場所。一度は来てもらいたい。


朝5時半からご宝前のお給仕、境内地のお掃除。6時半から朝のお看経、8時から朝食、9時半から勉強会。


2時間の勉強会が終わり、外に出てきました。


朝食はポップコーン。シンバとナラの子どもたち、本当にかわいいですー(涙)。本当に。シンバがこんなにいいお父さんになるとは思っていなかったなー。優しいです。ナラは厳しい(笑)。


ここで暮らせて、この子たちは幸せだー。チベット国境からもらってきたシンバの立派な姿に感慨無量、ウルウルしてしまいました。


久遠くんのかわいいこと。五時半のお給仕には本堂のイスにちょこんと腰掛けて、妙講一座をめくっているという神童ぶり(笑)。立派に育てたいな。


アップデートできるかな。見てもらいたい、ヒマヤラの雄壮を。目の前に広がる、まるで壁のような、この雄姿を。


何度も書きますが、ネパールでは4000メートル以上を「マウンテン(山)」と呼び、4000メートル以下は「ヒル(丘)」と言うんですって。


富士山は丘になってしまうではないかー(汗)。いや、富士山は別格。


それにしても、やはり世界の屋根、ヒマラヤは美しい。


このネパールでブッダが誕生されたことは必然だったと思えます。


こうして、この地に素晴らしい法城が築かれ、多くの方々がご信心されていることは、言葉には表せない喜びです。


一度でいいから、訪れていただきたいです。


進之介もすっかり馴染みましたー。パピーと遊んでくれています。この場所で、彼の人生観はさらにより良く変わると思います。ヒマラヤに抱かれながら。


これからメディアの取材を受けて、そこから数軒のお助行に伺います。

野生のヒョウを見ました‼️






























昨日、ヒョウを見ました。


それは悠然と僕の前を横切ってゆきました。


僕たちの親会場からほんの数キロのところに、野生のヒョウが歩いていたのです。


長くて太い尻尾。


最初に見つけたのは僕でしたが、みんなも一緒に見ることが出来ました。


彼は僕たちに見向きもせず、林の中に消えてゆきました。


グルン村のみんなから熱烈な歓迎をしていただき、大変な御利益をいただいたクマニさんの家からお助行が始まり、22時過ぎまで3軒のご奉公でした。


婦人会さん、すごすぎでした(笑)。歌い、踊り、ロキシー、本当に、ネパールの伝統的な歓待をいただきました。


これほどまでに和やかにご奉公させていただけたのは、今までお教化、育成に努めてきた清行師や清天師のご奉公があったからです。その一端を垣間見た夜でした。


進之介もいきなりネパール奥地の全てに圧倒されていましたが、すぐに子どもたちと仲良くなっていました。


通信環境が悪く、アップデートに何時間もかかります。

イブの夜はお坊さんでした

今日は余命宣告を受けた方のお宅へお助行に伺いました。膵臓がんステージ4の診断から6年。見事な回復、サバイブ、たくさんの現証の御利益、奇跡の連続でした。まだまだ奇跡が起こると確信しています。 大渋滞の中、横浜まで戻ってきました。とても混んでいました。 ただ一つの命、たった一度の人...