COVID-19、新型コロナウイルスが世界を変える直前、2020年1月。NHKが国連のアントニオ・グテーレス事務総長に行ったインタビュー。
人類は存亡の岐路に立っている。コロナ前のインタビューですが、全く色褪せません。五輪特需より、大きな警鐘が鳴らされた2020年のスタートでした。
創設の経緯やその限界をもって国連を批判することは簡単ですが、有益とは思えません。私は人類が多くの血を流してたどり着いた国際的な枠組みが国連であり、これを健全に機能させるべきだと考えています。
特に、グテーレス事務総長の発言には敬意を抱きます。何とか新しい価値観を生み出し、それを共有したいと思います。
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国連事務総長 グテーレス氏が描く世界の未来
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200210/k10012279531000.html
ことし2020年は、国際連合ができてから75年になります。そのトップ、グテーレス事務総長は、今の世界をどう見てどのような未来を描いているのでしょうか。ニューヨークの国連本部で話を聞きました。
“公平なグローバリズム”を
アントニオ・グテーレス氏は70歳。ポルトガルの首相や国連難民高等弁務官を経て、2017年1月、第9代の国連事務総長に就任しました。
2020年、5年の任期の3年がたち、国連はこれからの10年、何を目指すのでしょうか。
答えは「公平なグローバリズムの実現」でした。
グローバリズムは、金融や貿易の自由化によって市場や企業が国際化する動きを指します。それは国際協調を基軸にする国連の活動にとっても追い風のはずでした。
しかし、グテーレス氏はグローバリズムの恩恵が公平に分配されず、世界中で人々の不満や不安を高めていると指摘します。
グテーレス氏
「グローバル化やテクノロジーの進化は、とても大きな利益を生みだしたが、それはうまく分配されていない。多くの人が取り残されて、多くの社会で不満があふれ、多くの社会不安が見られる」
グテーレス氏は「多くの人が取り残されている」と言いました。
国連で今から5年前に採択された、2030年までに達成すべき長期開発目標=SDGsのスローガンは、「誰1人取り残さない」です。
グテーレス氏は、貧困や不平等をなくし、質のよい教育や医療をだれもが受けられるというSDGsを実現するために、これから10年、すべての国が本気で取り組むことが、公正なグローバリズムの実現、ひいては「誰1人取り残さない」ために不可欠だと考えているのです。
地球温暖化は現在の危機
大きなテーマから入りましたが、個別のイシューで、グテーレス氏がもっとも心配していたのが「クライメート・チェンジ=気候変動」です。
私はグテーレス氏の言動を事務総長就任以来、見続けていますが、おそらくもっとも多く語ってきたことばが「クライメート・チェンジ=気候変動」、そして「クライメート・アクション=気候変動対策」だと思います。
グテーレス氏は、気候変動について「人類の生存をかけた闘い」だと表現することがあります。
科学者による見解をもとに、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスを2030年までに、2010年の水準と比べて45%削減したうえで、2050年には実質ゼロにしないと、地球の温度上昇を1.5度以内に抑えられず、人類に破滅的な影響をもたらすと警告しています。
その分岐点が早ければ2030年、あと10年で訪れるというのです。
グテーレス氏
「これは今の危機であり、未来の問題ではない。私たちは勇気を出して、いま向き合う必要がある」
グテーレス氏は、こう述べて、各国のリーダーに決断を促しました。
そしてその具体策については「炭素に値段を付け、課税を、人から炭素に移せるようにする」と述べ、ことしから新たな火力発電所の建設を中止し、石炭や石油など化石燃料への補助金を中止することを挙げました。
もう何十回、何百回と繰り返しているからでしょうか、このくだりは自然と口をついてきたような歯切れのよさを感じました。
ただ言うはやすし、行うは難しで、一筋縄ではいかないと思います。
日本をはじめアジア諸国の多くは、エネルギーの多くを石炭に依存しています。アメリカのトランプ大統領は、いまや世界最大の産油国だと豪語し、石油、天然ガス産業の規制の緩和を進めています。
こうしたエネルギー政策の転換をめぐる攻防について、グテーレス氏は、再生可能エネルギーへの転換に向けた技術革新とビジネスの融合、それに、世界の金融業界や投資グループの化石燃料産業への投資抑制の動きはすでに大きなうねりだと話しています。
次世代の役割が不可欠
そしてもう1つ、期待を示したのが、次代をになう若者たちでした。
グテーレス氏
「気候変動の影響を見たり、人工知能や、台頭している新たな技術を見たりすれば、これらはすべて異なる方法で世界を形づくっている。若者たちは、そうした変革の影響を完全に受けながら生きることになる。だから技術革新、社会運動、啓発活動を通じて、私たち今の世代に圧力をかける役割を信じている。若い世代の役割は絶対に欠かせない」
その代表的な1人が、グレタ・トゥーンベリさんです。おととし8月「未来のための金曜日」という、政府に地球温暖化対策を求める座り込みを1人で始めました。
当時16歳の高校生。彼女が投稿したこの活動の写真は、インスタグラムという若者に人気のあるソーシャルメディアを通じてまたたくまに世界に拡散され、日本を含む世界100か国以上で若者が街頭に出てデモ活動を展開しました。
それだけではありません。
ここアメリカでは、高校での銃乱射事件を受けて高校生たちが立ち上がりました。政府に銃規制を求める運動を全米で展開し、一部の銃販売店で年齢を自主的に引き上げるうごきにつながりました。
香港では、民主化を求める若者たちの抗議運動から、地方選挙で民主派の歴史的な大勝を呼び込みました。
こうした社会を変えたいという若い世代の運動が、どこまで政治を動かすかは未知数ですが、ソーシャルメディア時代の情報拡散と動員力に、国連がかつてないほど期待しているのは間違いありません。
その証左に、国連は、創設75年を迎えた2020年、若者をはじめとする世界の人々から、グテーレス事務総長への意見や提言を直接問う1分間のアンケートを専用ウェブサイトに開設しました。
そこには、自国第1主義が広がり、国連が推進する国際協調主義を実践するのが難しくなる中で、グテーレス氏が、下からの声を借りて、国際政治に風穴を開けるてこにしたいという思惑が見て取れます。
それだけ国連を取り巻く環境は厳しいと言えます。
トランプ大統領のアメリカが国連から離れつつある一方、中国やロシアはその隙間を埋めるかのように、国連における存在感を徐々に増し、軍縮、紛争解決、人権擁護と多くの問題で意見の差異が広がっているからです。
世界は米中で分断のおそれ
冷戦終結から30年。いま世界の対立は、米ソから米中に移っています。
その様をグテーレス氏は去年9月の国連総会の演説で「グレート・フラクチュア=大分断」と表現しました。
世界第1と第2の経済大国の力相撲が、世界をかつての米ソ冷戦のような二大陣営に分裂させかねないという懸念を表明したものです。
それについて改めて聞きました。
グテーレス氏
「世界が2つの世界に分裂するリスクがある。それぞれに貿易のルールがあり、独自のインターネットがあり、人工知能戦略があるような世界だ。それは必然的に、戦略的、地政学的、軍事的な発展を遂げるだろう。わたしたちは、これを避けなければならない。すべての人が『これが平和と安全を保障する方法である』と受け入れる世界的なガバナンスの仕組みが必要だ」
グテーレス氏
「強大な国があるときほど知恵がいる。あなたが強大でも賢くもなければ、劇的な変化は起きないだろうが、強大であるならば、賢くなければならない。特に2つの大国には知恵が不可欠だ。誰も望まないような分断の源ではなく、結束した世界の柱でなければならない」
共通のルールのない競争がもたらす結末へのおそれ。
グテーレス氏が大きな懸念を抱きながら、いまもっともひんぱんに話す国連大使は、アメリカと中国です。
「次世代通信規格」「軍拡競争」「サイバー」「宇宙開発」「人権」と、両国の競争と対立の領域は広範に及びます。
過去、国際社会がインターナショナル・ノーム=国際規範を作るための話し合いをリードしてきた国連には、米中の対立を緩和するための、より一層の働きかけが求められそうです。
未来にどう向き合うか
私は最後に、次のような質問を投げかけました。
「国連の長期目標の期限である2030年以降に、あなたは、どんな世界を思い描いていますか?」
グテーレス氏はそれには直接答えず、未来を信じてみずから変革していくことを強調しました。
グテーレス氏
「国連創設75年を見たときに、100年について考えることが重要です。わたしたちは大きく変わらなければなりません。人々の願い、恐怖、不安に寄り添い、新たな技術が私たちの生き方やコミュニケーションの取り方に与える影響に合わせて、わたしたちは大きく変わる必要があることを理解しています。世界はとても急速に変化するでしょう。私たちはその変化に苦しむのではなく、変化を予測できるようにしたいと考えています」
2度の世界大戦の末に生まれた国連は、世界の平和と安全の維持という使命に取り組んできましたが、その一方で、アメリカとロシアをはじめ、大国のせめぎ合いの場にもなってきました。
国連は創設75年を機に、公正なグローバリズムと地球温暖化の歯止めに向けて、加盟国の協力をとりつけながら、未来への航路を大きく踏み出すことができるのでしょうか。
グテーレス事務総長に課せられたかじ取りが、ますます難しくなることは疑う余地がありません。
それでも、グテーレス氏は両手で拳を作り、「わたしはあきらめない」と私の目を見据えます。インタビューを通じて、世界の現実と未来に、楽観も悲観もしないグテーレス氏の胆力を感じ、未来への希望を見たような気がしました。