一陣の風
風のない野原に立っていると、フッと、ひとかたまりの風が吹いてくるのを感じる。
その風が通り過ぎると、あたりまえのことだけど、風が無くなる。
また、風のない野原に立っている。
そして、また違う方向から、ひとかたまりの風が吹く。
その風が通り過ぎると、また風が無くなる。
僕は、風のない草原に立っていた。
「この風は、どこから来たんだろう」
「この風は、どこに行くんだろう」
漠然と、そう考えた。
呆然と、そう感じた。
長野で、そんなことを、感じました。
今日の教区御講、95才の奥野さんが、お元気でお参詣くださっていました。
戦時中のお話を聞きました。
モンゴル近くで終戦を迎えたとのこと。
日本が負けたなら、いっそ蒋介石の軍に入って戦おうとしていたとお話くださいました。
そうしていたら、戦友と共に、共産軍に捕らえられたと。
そして、処刑されてもおかしくないその時、預けられた民家の人が軍で懇意にしていた現地の人で、今まで親切にしてくれたと、隠れるための穴を掘り、逃がしてくれたのだと教えてくれました。
ありがたいです。
95才の人生。
岡田教区長の、ご披露も、いつも情熱があって、ありがたいです。
人生も、風のようなものでしょうか。
人との出会い、交わり、かかわり、通り過ぎてゆく時の重み、はかなさ。
この世に生を受けさせていただいた以上、素晴らしい、心地いい、一陣の風でありたいものです。
長野から東京で飛び戻り、乗泉寺で会議をさせていただいています。
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