2015年7月2日木曜日

戦争、平和、仏教という希望

京都佛立ミュージアムの終戦70年特別展示「トランクの中の日本 〜戦争、平和、そして仏教〜」の準備が、究極、ギリギリ、アップアップ、始まっています。


まだ、大切な文章を作らなければならず、会場の設営やパネルのデザイン、そのレイアウトなどが残っています。


あと、実質2日か、3日しかありません(涙)。


この間、京都では麩屋町のお総講があり、奉修後そのまま最終で博多に向かい、翌日は博多光薫寺の開導会併せて住職就任式にお参詣させていただき、そのまま夕方東京に戻り、翌日は出版記念贈呈式、そして京都。


一人の力では何ともならないことですが、ここに至って、広島、長崎の、原子力爆弾による、人類史上最も悲惨な出来事を、現代に、未来に伝えるためのお手伝いが出来て、心から有難く思っています。


ささやかな昼食会のつもりが、思いがけず多くの方々にご臨席を賜ることが出来、ひとり涙の出る想いでおります。


とにかく、著者の未亡人・淑子さまから、カデロ大使をはじめ、ご臨席いただく方々に著書をお渡しいただければ、これ以上の幸いはありません。


世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない。


賢治さんのお手紙の実物も、今回の企画展で和樹さまから再びお借りし、実物展示させていただく予定です。


終戦70年の今年、京都佛立ミュージアムらしい展示を完成させたいと思います。


「恐怖の描写をするだけであれば、われわれは正しく戦争に反対することにならない。しかし、生きることの喜びや無駄な死の非情さについて声高く述べるだけでも、同じように正しく戦争に反対することにはならない。数千年以来、母親の涙について語られて来た。だがその言葉も、息子が死ぬことを妨げ得ないことをしっかりと認めなければならない。」サン=テグジュペリ


戦争と平和。


誰もが戦争を厭い、平和を愛します。


しかし、人間の業、人類の性として、戦争は繰り返され、今なお戦禍は広がり続けています。


だから、戦争と平和の、その向こう側にある、仏教という希望についても、お考えいただきたいと思います。


サン=テグジュペリの言葉は、終戦70年の今年だからこそ心に深く沁みてきます。


地球は先祖から受け継いでいるのではない、子どもたちから借りたものだ。


人間であることは、自分の意志をそこに据えながら世界の建設に参加しているのだと感ずることである。


心を高揚させる勝利もあれば、堕落させる勝利もある。心を打ちひしぐ敗北もあれば、目覚めさせる敗北もある。


生きながらえるためには、服従すべきであり、存在しつづけるためには、戦うべきである。


他人を裁くより自分を裁く方がずっと難しい。


「本当の贅沢というものは、たったひとつしかない。それは人間関係に恵まれることだ。


「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ。

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