2011年9月5日月曜日

イスラエル渡航記 「聖地」

イスラエル渡航記 「聖地」
(妙深寺報 平成16年2月号より)

 この原稿を書いている最中、私が歩いたエルサレムの街で自爆テロがあり、10名の方が亡くなったと聞きました。首相公邸近くの現場は、私が泊まっていたホテルから400メートルしか離れていません。私は、その道を鮮明に覚えています。犬の散歩に出掛けようとする男性の姿。穏やかな午後。ヘブライ大学の学生が渋滞するバスから乗り降りし、楽しそうに歩いていました。

 そうした光景が一転してテロの惨禍に見舞われること。血が流れ、手が飛び、足がちぎれる、恐ろしい光景があの場所で現実に起きたということが私には信じられません。

 テロの実行者は、ベツレヘムのパレスチナ人ということです。ベツレヘムは、ヨルダン側西岸のパレスチナ自治区、キリストの生誕教会が有名です。毎年、クリスマスにはCNNが全世界に向けライブ中継をすることで有名ですが、その場所は今や憎しみの街です。2002年4月2日、パレスチナ武装集団200名が生誕教会に立て籠もっているとして、イスラエル軍が包囲し、長期間緊張状態が続きました。以来、この街はフェンスによって閉鎖され、閑散とした状態に陥りました。それまではパレスチナ警察が「ツーリストポリス」として24時間親切に対応してくれると有名だった街が、これを境に変貌したのです。

 私はタクシーを乗り換え、フェンスを越えてベツレヘムへと入りました。細い坂道は渋滞しクラクションが鳴り続けていましたが、パレスチナ警察が整理に出ていてくれました。車の窓越しに警察官の顔を覗き込むと、若くて驚きました。ベツレヘムでは、神父と話をしました。タクシーの運転手が、近くの店で紹介してくれたのです。また、その親戚の方々も紹介されました。口々に恐ろしいことが起きていること、生きていくことが苦しい、経済的に困窮している、封鎖されていることで仕事も無いということを話していました。

 ベツレヘムに案内してくれたエルサレムに住む運転手は「私がベツレヘムに住む彼らを可哀想だと思ってタクシーに乗せ、エルサレムまで行ったとします。もし検問でそのことが警察に知れてしまったとすると、私はタクシーを取り上げられてしまうのです。すると、私は仕事を失う。家族は飢えてしまう。だから、私は彼らを助けたいが、彼らを助けることができません。フェンスを乗り越えれば行き来も出来るが、仕事を奪われ、家族が苦しむことを考えると、私たちは無力です」と話していました。

 ベツレヘムの警察官の青年が、恐ろしい犯罪者になりました。行き場のない憎悪の連鎖は報復の応酬を予感させます。ベツレヘムは、旧約聖書にしばしば登場する古い町です。創世記では、イサクの息子、ヤコブの妻ラケルがベニヤミンを生んだ後に死亡してこの町に葬られたとあり、後にユダヤの王となるダビデもこの町の出身者で、別名「ダビデの町」とも呼ばれています。イエスが本当にこの町で生まれたのかには諸説があり、今ではユダヤ教徒への配慮から後世の者が創作したと言われていますが真偽は分かりません。

 何度も申しますが、私は衝突の原因、恐ろしいテロの根元には、一つのストーリーから生まれた宗教同士の軋轢があると考えています。そして、真実の仏教徒の使命として、その軋轢の中から新たな選択肢を示すべきであると考えます。そのことを最も考えさせられるのが、900m×900mというごく小さな城壁の中に凝縮された「エルサレム」という場所なのです。

 エルサレムという場所は、三大宗教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)の聖地です。その大地には歴史と栄光と憎しみが吸い込まれています。数千年間、それぞれが聖地を奪い合う為に争いを続けてきました。

 ユダヤ教は、岩のドームのある場所を、民族の祖アブラハムが子のイサクを神に捧げようとしたモリヤの丘だとしています。そして、内部の岩は世界が創造された際の「基礎石(エデン・シュティア)」だと信じており、エルサレムの中心は世界の中心で、民族の王であるダビデが神の「契約の箱」を祀った場所であるとしています。そして、神殿を異教徒に破壊され、虐げられ、年に一度しか参拝を許されなかったことを嘆き、いまでも聖地の奪還を祈念しているのです。

 キリスト教では、イエスが伝道し、捕縛され十字架に架けられた聖地です。それだけではなく、西暦167年頃に成立したと見られるヨハネの黙示録に、「神とキリストの支配する千年間」が終わり、地上の王国が滅亡し「最後の審判」の時、サタンが獄から解放され、偽の預言者たちと共にサタンが「エルサレム」を包囲することになると信じ、まさにその時、天から火が落ちてきて、悪魔達は焼き尽くされ、新しい「エルサレム」が降りてくると説きます。

 イスラム教では、開祖のムハンマド(マホメット)が、天使を従え天馬に乗って「昇天」し、彼の足跡や大天使ガブリエルの手の跡が岩に残っているとされる「聖なる岩」と、それを抱え込むように「岩のドーム」が建っています。同時にその「聖なる岩」の下の洞窟は、アブラハム、ダビデ、ソロモン、ムハンマドなどの聖人が祈りを捧げた場所とされ、イスラム教徒はここを「魂の井戸」と呼び、最後の審判の日が訪れた時に、全ての魂がここに集まるとしています(コーランの「門扉」による)。また、ドームの内部の緑の石は「天国のタイル」と呼ばれ、伝説ではムハンマドがこの石に19本の金の釘を打ち、この釘が一本も無くなってし時に世界はカオス状態になる、とされています。ちなみに、現在は16本が無くなり、3本が残っているという状態。現在、このドームのある神殿の丘は、ムスリム(イスラム教徒)が管理しています。

 聖地であるが故に、血塗られた歴史を刻むエルサレム。その宗教的紛争は解決の糸口すら見えて来ないのです。

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