2011年9月6日火曜日

イスラエル渡航記 「憎悪」

イスラエル渡航記 「憎悪」
(妙深寺報 平成16年4月号より)

 イスラエルの北部を目指して、ホテルを朝9時にチェックアウトしました。そして、レンタカーを駐車場に置いて、昨夜話をつけたタクシーの運転手と待ち合わせをして北部を目指しました。まず驚くのは、あまりにも綺麗な自然です。日本にいた時には砂漠しか頭に浮かばなかったのですが、オレンジやバナナなどの果樹園があり、緑も多く、驚きました。

 海岸線を北上すると、ネタニア、ハイファ、アッカという街が続き、看板に示されます。特に、アッカ(アッコー)は、十字軍遠征が行われた時の決戦場で、私にとっては十字軍関連の本で想像してきた街々です。

 私たち日本人には想像がつきませんが、旧約聖書にペリシテ人の土地という意味で登場した「パレスチナ」と呼ばれる場所では、凄惨極まりない紛争が数限りなく繰り返されてきました。不思議なもので、同じ旧約聖書に依る宗教同士の紛争は最も激烈になってゆきました。紀元前までに繰り返されたヘブライの民と異民族の戦争、部族間同士による紛争など、有史だけを調べても枚挙に暇がありません。

 特に、旧約聖書には、編纂の中心に位置するユダヤ人を主人公として、様々な紛争と戦争の歴史、特に迫害と信仰による克服の物語が綴られています。さらに、キリスト教成立後は、キリスト教徒がその紛争に加わり、イスラム教成立後はムスリム国家と英雄的なスルタン(王)が登場して、パレスチナを血で染めていきます。

 その最たる惨禍がキリスト教徒であるフランクたちが、聖なる都を奪還するために行った「十字軍遠征」であり、その決戦場がこの道の先にあるアッカなのです。

 十字軍の遠征は、1085年のビザンティン皇帝アレクシウス一世がカソリックの教皇ウルバヌス二世と謀議し、大規模な東方遠征を行ったことからはじまりました。二世紀にわたり繰り広げられる火山の爆発にも似た衝突は、宗教的な熱狂が生みだした身悶えするような恐ろしい殺戮と略奪の歴史です。ある特定の危機が西方キリスト教国にあったとしても、三大宗教の危険極まりない狂気のDNAが噴出したのが「十字軍遠征」だったといえるわけで、再三述べているように、同時に現在のブッシュ米国大統領が9・11テロの直後に「これは新たな十字軍である」と述べたことから、見逃せない史実なのだと思うべきです。

 十字軍遠征の中でも最も凄惨な出来事が1098年のマアッラ、1099年のエルサレムの陥落です。十字軍側の年代記作者であるカーンが書き残したものを読むと、

「マアッラで、われらが同志たちは大人の異教徒を鍋に入れて煮た上に、子供たちを串焼きにしてむさぼりくらった」

とあり、背筋が凍ります。この事件を見聞きしたアラブのウサーマ・イブン・ムキンズは、

「フランクに通じている者なら誰でも彼らをけだものと見なす。勇気と戦う熱意にはすぐれているが、それ以外は何もない。動物が力と攻撃性ですぐれているのと同様である」

と約900年前に書き残しています。1099年7月のエルサレムの陥落では、

「多数の男女が殺された。フランクは一週間以上にわたってムスリムを虐殺した。ユダヤ人はシナゴーグに集まった所をフランクに焼き殺された。彼らはまた聖者の記念建造物やアブラハムの墓を破壊した」

とイブン・アル=カラーニシは記述を残しています。アミン・マアルーフは、

「彼らは筆舌に尽くしがたい殺生を重ねて勝利を祝い、その上で口先では崇めているといいながら、その聖都を荒したのである」

と残しています。

 なぜ、ブッシュ氏が十字軍を引き合いに出したのかは分かりませんが、どこかに正当性を見出し、宗教的な熱狂と結びつけ、使命感を植え付けて聖都を奪還しようとしているのでしょうか。答えは分かりません。

 イスラエルを発端にして、近日中に恐ろしい事態が起こるに違いありません。パレスチナの原理主義組織ハマスの精神的指導者といわれるヤシン氏の暗殺を決行したからです。十字軍の時もアラブ諸国はスルタン同士の権力争いによってフランクを撃退することができなかったと言われていますが、「殉教」は「神話」となって英雄を生みだし、消して冷めぬ憎悪を生みだし、悪循環を繰り返します。

 「熱狂」した臆病な対処療法主義の政治家が、いくらテロの封じ込めができるとうそぶいても、殉教と受難の歴史はついには民族の神話となってゆきます。そのことを一番知っているのはユダヤ人のはずなのですが。

 イエスの時代を記述したといわれる有名な「ヨセフス戦記」には、ユダヤ人たちが燃え上がって戦争に突入する様を見てアグリッパス王がエルサレムで行った長い演説が載せられています。

「戦いに乗り出す者はみな、神の助けか人間の助けにより頼むものだ。しかし、その助けがどちらからも来なければ、戦いをする者たちは必ず滅びを選び取る。いったい何が、お前たちが自分自身の手で子や妻たちを殺め、このもっとも美しい祖国を焦土にしてしまうのを止めることができるのだ。お前たちがこのように狂気に突っ走れば、その得るものは敗北の不名誉だけだ」

 王はこう語ると妹と共に涕泣(ていきゅう)したとありますが、ユダヤの民衆は彼を追放してしまいます。

 長期的な紛争地域では子供の頃に受けた心の傷と殉教の英雄伝が伝承され、新たに増幅した憎悪が成長した彼らを極端な行動に走らせてしまいます。仏教では「被害者意識よりも加害者意識を持つこと」を教えられているのに。

 平和の道筋は完全に途絶えました。この原稿を書こうとするたびに大きな事件がガザやヘブロンという町で起き、暗い気持ちになります。怨みは怨みを以ては悪い結果しか招かないのです。今こそ、私たちにできることは何かを思い起こすことが大事です。

 あの国には憎悪が増幅しています。私は、十字軍が群れをなして訪れた、パレスチナの海岸線を北上しました。

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