2014年9月23日火曜日

ただの休日ではなく

ただの、休日じゃない

今日は、お日さまと、お月さまと、僕たちの地球の節目。

この日、自分が今ここにあるルーツ、父や母、祖父や祖母、先祖や縁ある人を想って過ごす。

こんなステキなことはありませんよ。

壊れてゆく、崩れてゆく、縁や絆の中で、大切なことだと思います。

今日も御法門でお話しましたが、ここ最近、献体が増えているそうです。

医学や歯学の発展のために、自分の死後の身体を提供して社会に貢献する献体。

人類の発展に欠かせない、尊い行為と教えられてきました。

しかし、最近はその理由が変わってきたと言います。

自分の死後、葬儀で家族を煩わせたくない、面倒をかけたくない、迷惑をかけたくない。

そんな理由で、献体に申し込む人が増えていると言うのです。

「ゼロ死」という考え方や言葉もあります

この先生の言うことを聞いていたら、絶対に不幸になるという典型です。

しかし、みんな、この先生の話を聞いて、迷ってく、崩れてく。

葬式もしない、骨も殘さない、墓も持たない。

ゼロ葬。

ゼロ死。

自分も不幸で、家族も不幸な死に方、去り方であることを、誰も語らない。

立花隆さんの番組。

久しぶりにレイモンド・ムーディさんも出ていた番組。

興味深い話はありましたが、最期の時の、あの光りが、本人にしか見えない光りのように言っているから、分からないのだと思います

あの光りは、死にゆく人だけが見る光りではない。

部屋中を照らすのです。

脳内のホルモンや、シナプス、死の間際に、脳の辺縁系が神秘体験をさせるというだけでは、決して説明がつかない。

感動的で、根源的な現象って。

自分以外の死を、何度も見届けている人ならば、分かるはずです。

あの光り。

臨死体験をした人だけではなく、死を見届けてきた人にも、聞いてもらいたいです

人間の、生と死。

脳学者が説く虚無の世界。

宗教学者と言われる人が語る無味乾燥なる世界。

どんどん、大切なものが崩れてゆきます。

そんな風潮のある中で、今日のような日を大切にして、お参りくださった方々が、輝いて見えました。

自分が幸せになるだけではなく、見えざる世界へ旅立った方々が喜ぶだけでもない。

失われてゆく大切なものを守り続けている方々。

空をゼロと考える人に、仏陀の説いた修行の意義が分かるはずもない。

今日の雑感。

つらつらと思い浮かび、書かずにいられなかった。

夕方、まさに霊安室、というか冷凍庫の前に行き、棺を前に、御題目をお唱えさせていただきました。

棺を開き、ドライアイスをどかして、冷たくなった手を握り、お数珠をかけさせていただいて。

ゼロ死について御法門で触れた夕方、まさにゼロ死のような現実に立ち会い、さみしい気持ちと、ご奉公の有難さと、これからの使命を思いました。

お彼岸。

秋季総回向の日。

ありがたい一日でした。

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