『風に立つライオン』 妙深寺報 平成28年3月号 巻頭言
平成24(2012)年、妙深寺は横浜国立大ホールを会場として「東日本大震災復興祈願 開導会 併 先住松風院日爽上人御十三回忌報恩記念大会~ここに仏教があります~」を開催いたしました。
東日本大震災からの復興を祈り、私たちが手にしている生きた仏教、ご信心について考えさせていただいた大会でした。
巨大な災害をどのように捉えて、これから私たちはどのように生きてゆくべきなのか。宗教家として、佛立教務として、恐ろしい災害に私たちが学び取るべき意味や価値があったと確信していました。
収束の目処も、被害の深刻さも判然としない原発事故を併発した東日本大震災は、強欲な、傲慢な人間社会の、脆(もろ)さや愚かさを突きつけました。あの日から、世の中を建て直し、生き直すほど覚悟をしなければ、犠牲者の方々に申し訳ないと思っていたのです。
東日本大震災から五年。
今でも、その想いは少しも変わることなく、さらに大きな力となって私たちを導いてくれています。
みなさんは変わることが出来ましたか?
何かが変わりましたか?
新しい自分を、新たな生き方を、見つけることが出来たでしょうか。
大会のフィナーレを飾ってくださったのはさだまさしさんでした。
「微力だけれど、無力ではない」
「ガンバレという言葉は被災した方々に言う言葉ではなく、支援に行く自分に向けて言う言葉です」
そのメッセージは、まさに大会の主旨と重なり心から感激しました。
本当に、さださんに来ていただくことが出来てよかった。
その言葉を聞いて涙が溢れて止まりませんでした。
そのさださんの曲に『風に立つライオン』という名曲があります。
日本からアフリカへ渡り、内戦や飢饉に苦しむ人々を治療した実在の医師を題材に作られた曲です。
この歌は、多くの人に感銘を与え、奉仕活動の輪を国内外に広げたと言われています。
恥ずかしながら、つい最近まで私はこの曲を知りませんでした。
友人から教えられて、初めて聴き、多くの方々と同じように、心から感銘を受けたのでした。
なぜ、そんなところに行くのか。
なぜ、そんな生き方をするようになったのか。
そこで何を感じたか。
そんなことをしていて幸せなのか。
アフリカから届いた手紙のような歌詞を読んでいると、涙が流れてしまいます。
「辛くないと言えば嘘になるけど、しあわせです」
誰かのためにすることは、自分のためになる。それどころか自分を生まれ変わらせる。自分の殻を破り、さらに成長させてくれる。どんなことをしても手に入らない「幸せ」を与えてくれる。
人は変わる。
人は変われる。
他人を変えることは難しいですが、自分を変えること、自分の心を変えることは出来るはずです。
それを成長と言い、仏教では菩提の道を歩み、一つ階段を上ったと教えていただきます。
獣に育てられれば獣にしかなり得ないのが人間です。自分は人間だと胸を張ろうとしても、精神は獣と変わらないかもしれません。
他を思いやるだけで、その精神は一つ階段を上ります。
その思いを行動に移せばまた一つ。
「自分のことで精一杯でそんなことは出来ません」と言う人もいるのですが、自分の抱えていたものを一つ減らすだけでもっと物が持てるようになったり、時間が増えていったり、視界が広がり、心が広がり豊かになり、不思議なことが次から次へと起きてゆきます。
私の話となりますが、自分ほど傲慢(ごうまん)な人間はいなかったと思います。
昔の自分を思い返すと、他人への思いやりなどが感じられず、あったとしても一時の気まぐれというレベル、負けず嫌いで、すぐ喧嘩する、競争する、人を見下す。
小学生の頃、ボーイスカウトのキャンプで「お家に帰りたい」と泣いた話は有名で、おぼっちゃん育ちのボンボンだったのでしょう。
強がりのくせに虫嫌いで、蜘蛛やアリにも怯えていました。ゴキブリなんか出てきたら部屋を封鎖して誰かを呼んでいたのです(笑)。
冷房や暖房もあるのが当たり前、朝シャワーを浴びないと目が覚めないなどと言っていたのですから、贅沢なものです。
それをアメリカナイズというのか高度経済成長やバブルの申し子と言うのか分かりませんが、そんな自分だったことを鮮明に覚えています。
親の七光りが嫌いで、スポーツでも勉強でも結果を出してきたつもりですが、プライドが高く、鼻持ちならない人間だったと思います。
そんな自分が変化してきたのはまさにご信心のおかげです。
暑いだの寒いだの、うまいだのまずいだの言う前に、大切なことがあるという教えです。
理論は実践されなければならない。
実践は理論による。
学ぶなら行動し、行動するために学ぶ。
これがご信心です。
東日本大震災の時、常日頃から教えていただいていることを実践させていただく機会を与えていただいたと確信しました。
苦しんでおられる方々を前にして、私たちは、何を言い、何が出来るのか、試されていると思いました。
「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(崇峻天皇御書)
余震の続く机の下で、服を着たまま、寝袋にくるまって寝たこと。
被災地にご迷惑をかけないように、数日間分のおにぎり、トイレまで持参し、排泄物まで持って帰ってきた支援活動。
制度やルールの話ではなく、教えを行動に変えればこうなると思って動いてきました。
あれから5年。
嫌いだったものが無くなり、好きなものも変わりました。
温かい布団は大好きですが、それが無くても全く構わない。
虫たちも愛しく感じます。
こんな人間になれるとは思っていませんでしたが、自分の変化に感謝しています。有難いです。
宮沢賢治さんの言葉です。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する。この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか。
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある。
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。
われらは世界のまことの幸福を索(たず)ねよう。
求道、すでに道である」
風に向かって立つライオンも、最初からそうではなかったはず。
自分の変化と成長を求めましょう。
= Photo by Brett Jordan =
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