2016年8月16日火曜日

麸屋町でお留守番

淳慧師たちをお見送りしましたー。

今日は京都の郊外で御講席。

みなさん、お出かけになりました。

あろうことか、僕は長松寺で一人お留守番です。

お留守番というよりも、この貴重な時間を利用して、原稿を書かねばなりません。

麩屋町の長松寺を車で出発すると、まず四条通の一筋南側にある綾小路を西に曲がります。

ちょっと細い。

角にあるお米屋さんは父の小学校時代からのお友だちです。

綾小路を西に進むと、すぐ次の南北の通りが富小路。

この富小路を南に曲がります。

下がってゆくと五条通。

京都駅に向かう時も、ほとんどこの道を通ってゆきます。

玄関には、新聞が入る小さな戸があります。

昔から全く変わらない。

玄関には板木と小槌がぶら下げてあり、これで来客を知らせていただいていました(現在は玄関を入るとチャイムが鳴るようになっています)。

今朝は、麩屋町の庭に黒い揚羽蝶が飛んできてくれました。

ありがとうございます。

本当に、珍しい長松寺でのお留守番。

お昼には、夏の父を思い出しながら、山之家の冷麺を食べようかと思います。

長松寺の石碑、「長松清風日扇上人舊(旧)宅」がポケスポットになっていると教えてもらいました。

不思議な世の中になりましたー。

開導聖人の御意をお護りし、お伝えしてゆきたいです。

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