2009年11月16日月曜日

麸屋町の長松寺

さて、麸屋町の長松寺(ちょうしょうじ)に着きました。毎月、4日と16日は夜の御総講。

京都の風情ある町屋に、この日は提灯が下がります。佛立開導長松清風日扇聖人が麸屋町の法宅にお住まいになってから、今年で125年目。当時の佇まいをそのまま残して、ずっと続けられている御総講です。

今夜は、スペシャルゲストがお参詣とのこと。ブラジルの斎藤御導師とモライス教竜師。明日の早朝のフライトで帰国されるため、今夜は伏見で準備しなければならないからお誘いもしていなかったのだが、やはりどうしてもお参詣くださるとのことだった。本当に、ありがたい。

こういう、寸暇を惜しんでご奉公される姿勢を学ばせていただきたい。みなさま、是非お参詣ください。

麸屋町の長松寺は、京都のど真ん中。車は下がれませんが、四条から麸屋町通りを下がって(南)、1筋目の綾小路通りを過ぎた西側。今夜は提灯が点っています。

0 件のコメント:

平和の原点は人間(ひと)の痛みがわかる心を持つこと

  「平和の原点は人間(ひと)の痛みがわかる心を持つこと。」 頭から離れない。8月9日の「長崎平和宣言」で鈴木市長が引用した、被爆者・𠮷田勝二氏の言葉。これこそ、あらゆる国や民族や宗教を越えて、人間ならば人間として人間が学ぶべき何より大切なことだろう。   「平和の原点は人間(...