2011年3月30日水曜日

JOC臨界事故

メルトダウンについては3月12日のブログに海外からの情報を書き入れましたが、その恐ろしさを炉心の損壊、つまり釜の底が抜ける事態まで行ってしまったことで痛感します。

JOC臨界事故でも当時の小渕首相は現場へ決死の作業を勧告して突き放したと聞きます。作業員には多くの被爆者が出ました。近隣住民合わせて約600名だったでしょうか。

残念ながら今回も同様か、それ以上の要請で現場は決死の作業を続けている。青い光は出ていなくても、事故の規模は世界規模となりました。放射線量も桁外れに大きい中での作業です。

とにかく、早期収束を願うばかり。

今夜、横浜に戻ります。

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