氷点下3度まで冷え込んだ朝。
長野は駅前の大通りも雪が残ったままでした。
市内もまだたくさんの雪が積み上げられています。
長野は横浜と葬儀の順序が少しだけ異なります。
告別式に先立ち、今朝7時半からご納骨の一座、そして8時半にご自宅を出棺されました。
そして、荼毘に付し、その後13時から告別式を奉修させていただきました。
昨夜、とても、とても不思議なことがあったので、ここに記しておきたいと思います。
お通夜の法要中、ご宝前にみち子さんをお見送りする言上をさせていただき、彼女の心、魂に届くようにと、御題目をお唱えしながら、語りかけるような気持ちでおりました。
お看経が終わりに近づく頃、ご宝前の吊り灯籠の、右側だけがパパッパパッと点滅し、そして消えてしまいました。
ご自宅でのお通夜、一瞬灯籠の電球が緩んでいたのかと思いましたが、このタイミングです。
清信師や何名かのご信者さまも気づいたそうです。
そして、そのまま数分間が過ぎました。
なぜ、このタイミングなのだろう。
御題目をお唱えしながら、いや、このタイミングということは、きっとみち子さんが感謝しておられるということ、御本尊の中にお帰りになるサインと思い、
「そうであるならば、もう一度、お灯りが点くだろう」
そう思った瞬間、もう一度パッと点灯したのでした。
その後、そのままずっと点いていました。
なかなか、その場にいなければ分からないことだと思いますが、これまでの経緯を思い返せば、これが生きてまします御仏、そしてみち子さんからのサインであることは疑いありません。
そう感じて、一人感動しておりました。
1月3日に撮った写真が、安らかに眠るみち子さんの傍らに、すてきな写真立てに入って、飾られていました。
死は、決して終わりではありません。
毎日毎日、本当に、妙不可思議な、尊い、有難いサインを感じさせていただきます。
こうして現前に顕れる「現証」があるからこそ、悲しいご奉公でも、大変な状況の中でも、喜んでさせていただけるのです。
教務は、人生の様々な場面に立ち会わせていただきます。
初参りや七五三、成人式のようなお祝いもありますが、多くはご家族が悲しみの中にある時です。
楽しい時には、あまりお坊さんに連絡しませんよね。
私たちのご奉公の現場は、皆さまの大変な時の中にあります。
しかし、だからこそ「最大の不幸を最高の幸せにするご信心」と胸を張っていえるのです。
最近の私のブログを見ていて、元気を失う方がいたら、ただ申し訳なく思います。
でも、その中に、本当に有難い、本当に尊い、生と死を超えた感動があることを知っていただければと思います。
これからも、自分の責務を強く感じて、佛立教務道を歩んでいきたいと思います。
みち子さん、本当にありがとう。
ありがとうございます。
南無妙法蓮華経ー。
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