2016年12月30日金曜日

彼に会わなければ

今年は終わらないと思っていました。


今日、午後の数時間を利用して、相模原の病院まで行ってきました。


お供水、そしてブラジルの小さなお土産を持って。


「来年、お前はきっとよくなる」


精一杯の思いを込めて、伝えました。


彼は、泣いていました。


石崎パパのこと、秀さんのこと、いろいろなことを、話しました。


春先に事故があって以来、あれほど屈強な海の男だった後輩は、意識不明の状態が続いていました。


意識が戻っても、戻っているという判断が難しい状態が続きました。


まだ、身体は思うように動かず、気管切開をしていて言葉も出ませんし、経管栄養の毎日です。


しかし、今日、ハッキリと、会話が成立するほど、うなづき、否定し、笑ってくれました。


なかなかお見舞いに来れず、ずっと申し訳ないと思っていました。


本当に、今日彼のところに行けて、よかった。


彼に会わなければ、今年が終わらないと思っていたから。


年末の高速道路は、大渋滞ー。


いくつか事故もありましたが、妙深寺まで戻りました。


咳も出るし、グッタリ参っていると、一本の電話。


最高に嬉しい電話でしたー!


憧れの白井貴子さん、ホンチさんから(涙)。


ロックに憧れた青春を送った僕からすれば雲の上の方から届いた励ましー(涙)。


貴子さんは今年デビュー35周年!


明日の大晦日は京都でカウントダウンライブなんですねー。


京都だから思い出してくださったー!


Daiwa Sakura Aid presents FM COCOLO COUNTDOWN LIVE

FM COCOLOのカウントダウンは京都からの生中継!


残念ながら年末年始は横浜ですが、京都におられる方はぜひ聴いてみてくださいー。


白井貴子さんは、僕たち世代にとっては本当に伝説のお一人です。


熊本の阿蘇で開催された日本初のオールナイト・ロック・フェスティバルは、佐野元春さん、尾崎豊、ブルーハーツ、ハウンドドッグなどなど、青春時代の僕たちを魅了した方々が勢揃いした伝説のフェスでした。


そのライブでひときわ輝いていたのが「ベイビー、大丈夫かー?」と叫んだロックの女王・白井貴子さんだったから。


https://youtu.be/n9GaICiCllw


大切な35周年の年の瀬に、伝説の方からいただいた一本のお電話で、言葉に出来ないほどの元気をいただきました(涙)。


ありがとうございます(涙)。


とにかく、やり残したことのないように、今年をしっかりと締めくくり、最高の来年を迎えましょう-!

2016年12月29日木曜日

お鏡餅つき

今日は全国的にお鏡餅つきの日だったようで、Facebookにたくさん投稿がありました。


妙深寺も同じくお鏡餅つきの日でした。


年末ですね。


たくさんのご奉公をいただき、ありがとうござました。


ブラジルから戻ると妙深寺では風邪が流行っていて、「気合いが足らん!」と言っていたのですが、そんな私もひいてしまいました(汗)。


一番気合いが足りなかったのかもしれません(涙)。


今日は朝参詣の後はグッタリして戦力になりませんでした。


いろいろなことがあります。


『妙深寺報』の新年号が完成してきました。


うれしいです。


今朝も朝焼けが綺麗でした。

2016年12月28日水曜日

Bispo Matsumoto Gohoumon, 25, Dec, 2016



Bispo Matsumoto Gohoumon. 25,Dec,2016

This is the sermon by Matsumoto Odoshi in Nikkyo-ji temple São Paulo in Brazil on 25, Dec, 2016.

I wanna call this "Sermon of tears".

We can feel his compassion and mercy.

Namu Myo Ho Ren Ge Kyo,,,,,,,,,

2016年12月25日 サンパウロ・日教寺




12月25日、ブラジルHBS中央寺院、サンパウロ・日教寺の朝。

門祖日隆大聖人のご命日の言上と、教竜師、伯是師、教正師の三七日忌ご回向を奉修させていただきました。

その昇堂からお看経の様子までを撮影しました。

日教寺の境内には日地上人、日解上人、ブラジル初祖日水上人のモニュメントがあり、昇堂をする時には必ずご挨拶します。

日本語での無始已来の言上の前に、ポルトガル語での無始已来を唱和します。

その文言は、すべて左右のプロジェクターによって壁に表示されます。

これがスピードも改ページもオートマチックで、感動します。

はじめてお参詣された方にも無始已来の意味が分かり、お唱え出来るように配慮されています。

カトリック国のブラジルはクリスマスで、25日のお参詣は少ないと予想されていましたが、3師のご回向もあり御法門の際にはたくさんの方が参列してくださっていました。

サンパウロ日教寺の雰囲気を、少しでも感じていただければと思います。

松本御導師の御法門の映像は、後ほどアップ出来ればと思っております。

2016年12月27日火曜日

ブラジルでさせていただいた御法門

ブラジルでさせていただいた御法門の原稿です。


ブラジルに到着した日の夜、ひたすら、思いをはせながら、書かせていただいたもの。必死の。


驚くべきは、その日の夜にはサンパウロでさせていただいた御法門がポルトガル語に翻訳されていたこと。


日教寺、本法寺、本妙寺、日扇寺、如蓮寺で、モニターにポルトガル語を表示いただきながら、御法門をさせていただきました。


以下、原稿です。


御教歌に。

「めでたさは、御題目にうちもたれ、仏の国へ帰りけるかな」


佛立開導日扇聖人、お示しの御教歌です。


愛する人との別れ。

南無妙法蓮華経の御題目だけ、ご信心だけが、無常の悲しみ、苦しみを、生きる力に変える。


生きている限り、必ず別れは訪れる。


信心が無ければ人生は虚しいだけ。悲しいだけ。


今こそ本当のご信心をする時。信心を本物にしなさい。


再拝させていただきます。


「めでたさは、御題目にうちもたれ、仏の国へ帰りけるかな」


信心が弱ければ、愛する人との別れに悲しむだけ。

運命を憎み、神や仏を恨む。

しかし、信心があれば、永遠の命を知ることが出来る。帰る場所を知ることが出来る。


この御教歌は長松家と関係の深い御教歌。

タイトルは「長松栄女の臨終を」。

長松栄は開導聖人の奥さま。

長年開導聖人のご奉公をサポートして、宥清寺にいた若い教務さんや学徒のケアをしてきた。しかし大変身体が弱かった。たくさんの御利益をいただいてご奉公してきたが、開導聖人よりも先に死んでしまった。


ずっと一緒にご奉公してきた妻との別れ。

当たり前ですが、開導聖人であっても、寂しい、悲しい。


しかし、しかし。

悲しいけれど、辛いけれど、「めでたさは、御題目にうちもたれ、仏の国へ帰りけるかな」。


「悲しいけれど、有難いのは、たくさんの功徳を積んだお前は、御題目に身を任せて、み仏の世界、永遠の寂光に帰っていったのだ」


私たちは、愛する人といつか必ず別れる運命です。どんなに愛してもいつか終わりが来る。そして、それはいつなのが誰も分からない。


自分の運命を知る人はいない。


自分の寿命を知る人はいない。


自分の謗法の重さ、自分の罪障の大きさを知る人もいない。


御題目は運命を変える。ご信心はダメなものをダメでなくす。たくさんの現証の御利益を顕す。


しかし、人間は自分のしたことは大きく考えて、自分の運命、謗法や罪障は気にかけない。


だから、すぐに運命を呪う、神や仏を憎む。


そうではない。


いい人が早く死に、悪い人間が長生きをする例はどこにでもある。


大切なことは、寿命の長さや短さではなく、その人が生きている間に、どれだけ功徳を積んだのか、ご奉公したのか、人を支えたのか、人を励ましたのか、人を助けたのか、それだけだ。


開導聖人の奥さまも、たくさんのご奉公をした。たくさんの功徳を積んだ。たくさんの御利益をいただいた。

しかし、開導聖人よりも先に死んでしまった。


悲しい。寂しいけれど、そこに間違いなく、永遠の命がある。有難い、ありがとう。ありがとうございます、と。


御題目、ご信心だけが、無常の悲しみを、生きて力に変えることができる、御利益に変えることができる。


開導聖人は先に奥さまを亡くされて、そこで私たちに教えくださった。


お祖師さま、日蓮聖人は、先にご主人を亡くされた方に手紙を書いて教えてくださっている。私はこの手紙をよく結婚式の時に紹介する。


「いまあなたは夫に先立たれて哀しみに泣いているかもしれないが、私たちが生まれ変わり死に変わりしていた中で結ばれた相手は海の砂の数よりも多かったのだ。しかし、今回のご主人との愛こそ真実、永遠の人であった。なぜならご主人の勧めで真実の仏法に出会い、一緒にご信心、ご奉公が出来た。だから真実、永遠なのだ。そうであるなら、あなたはご主人を仏と同じように敬うべきだ」


これこそが、無常の中の永遠です。


いま、私たちは3人の素晴らしい佛立教務、ご住職を失った。

あり得ない出来事であり、その悲しみは言葉に出来ない。


しかし、佛立教務の死はそのまま御法門なのだ。しかも3人が同時に亡くなったのだから、想像がつかないくらい大切な、厳しい、真実の御法門なのだ。


彼らは私たちに命をかけて教えてくれた。


私たちは無常を忘れていた。


自分の運命、謗法や罪障に目を向けずにいた。


もっとご信心、ご奉公が出来るのに、していなかったかもしれない。


無常のオオカミは次の獲物を狙っている。


世界中で女性や子どもたちが殺されてゆく戦争は終わらず、テロも増え、心がバラバラになってゆく中、ただ私たちだけがみんなを救えるプリモーディアル・ブディズムを知っているのに、いただいているのに、それを伝えることが出来ていない。お教化も、ご弘通も、まだまだ出来ていない。


私たちはエゴイストすぎる。


私たちは弱すぎる。


私たちは油断していた。


今こそ誓おう。


私たちは彼らに教えてもらったのだ。


私たちは彼らの命がけの御法門を受け止めよう。


ネパールも、彼らのおかげでご弘通が出来た。


御題目、ご信心は、悲しい死を、次の生命に変えてくれる。


一年前、小原旭という青年がネパールで死んだ。


しかし、彼が死んで、私たちは目覚めたのだ。そしてネパールのご弘通が一気に進んだ。


11月、ネパールに御題目のストゥーパが完成し、ネパールの外務大臣も出席してHBSを称えてくれた。現在ネパールにはすでにたくさんのフォローワーがいる。


そして、ネパールで中心になってご奉公してきたコレイア清行は、子どもの頃から伯是師にブラジルで教えてもらったことを思い返していたから、このネパールで開教のご奉公ができたと言っていました。


「わがまま言わずに頑張れ!やれ!」


「文句を言うな!」


「汚い、他の人がやりたがらないご奉公はもっとたくさんの功徳が積める」


「裸足で歩け、シャワーはなし」


「24時間ご法様のために生きなさい!」


コレイア清行師は、伯是師に教えていただいたことを思い返して、ネパールでご奉公していたのです。こうした伯是師の教えや存在があったからこそ、仏教の創始者・ブッダの生まれたネパールで、この尊い御題目が広まっているのです。


ブラジルにもご縁の深い妙深寺の小泉博さん。


12月までのお教化は4戸(一部訂正)。そもそも彼の一年間の教化誓願は10戸でした。


残すところあと1ヶ月となり、彼も半ば諦めていたと言います。


しかし、12月6日に早朝、ブラジルから連絡を受け、3人のご住職が亡くなったことを知りました。


彼も深くショックを受け、泣いて、泣いて、しかしだからこそ信心改良を誓ったというのです。彼は即座にこれを命懸けの御法門、お折伏と受け止め、諦めていた自分を情けなく思ったのでした。


そして、なんと昨日メールがありました。


「ありがとうございます。今日、10戸のお教化をさせていただくことが出来ました!


ブラジルのご遷化されたご住職皆さまのおかげです。頑張ります!」


いかがでしょう。このように、ご住職方のご遷化は、悲しい、悲しいけれど、私たちにご信心の改良を促し、正しい信心の道を教えてくれているのです。


これまで3人のご住職に教えていただいてきた方々。一緒にご奉公させていただいてきた方々。


ここにご紹介したお祖師さまのお手紙と同じように、私たちは3人のご住職方に感謝して、彼らを御仏と同じくらたあ敬うべきです。


「御利益は3年経って振り返れ。」という教えがあります。


今回の悲しい出来事、寂しい別れは、今は何一つ分からないかもしれません。


しかし、いま分からなくても、3年、いや、もしかしたら100年後に、その意味が分かるかもしれません。


すべて私たちの信心やご奉公次第です。


開導聖人御指南を拝見いたします。


「人間一生積み重ねたる功徳のところに帰るなりと承り候へば日夜に御題目を唱えるのもたのしみに候なり。高祖曰、南無妙法蓮華経と唱えて御題目の中に帰る。」


私たちには帰る場所がある。


南無妙法蓮華経の御題目だけ、ご信心だけが、無常の悲しみ、苦しみを、生きる力に変える。


信心が無ければ人生は虚しい、悲しいだけです。


今こそ本当のご信心をする時。


あなたのご信心を本物にしなさい。


御教歌に。

「めでたさは、御題目にうちもたれ、仏の国へ帰りけるかな」

Ensinamento do Bispo Nagamatsu - São Paulo Nikkyoji - 21.12.16


Ensinamento do Bispo Nagamatsu - São Paulo Nikkyoji - 21.12.16
HBS do Brasil - ブラジル本門佛立宗
ご法門ー長松清潤御導師ーサンパウロ日教寺-2016年12月21日
Tradução do Gohoumon do Bispo Seijun Nagamatsu odoshi, feito hoje no Culto Matinal da catedral Nikkyoji.

Verso do Grande Mestre Nissen no. 2921

めでたさは 御題目に うちもたれ
Medetassa wa Ondaimoku ni utimotarete
仏の国へ 帰りけるかな
Hotoke no kuni e kaerikeru kana

”Abençoado mesmo é ser
Carregado pelo Odaimoku,
E assim poder retornar
Ao mundo do nobre Buda”

Todos nós um dia encontraremos a morte, separaremos das pessoas que amamos e gostamos.
Nessa hora, será o Namumyouhourenguekyou, será apenas a fé que transformará a dor da impermanência, o sofrimento de despedir de quem amamos em força para viver.
Se não praticar a fé, a vida pode se encerrar num vazio inexplicável, e a tristeza invadirá tudo.
Se a fé enfraquecer ou estiver enfraquecida, acabamos amaldiçoando o destino, tendo rancor à vida, ressentindo a divindade, praguejando à Buda e aos deuses. 
ESTA É A HORA de praticar verdadeiramente a fé. De fazer da fé uma coisa real e verdadeira.
Se tiver fé, é possível sentir a infinitude da vida, a eternidade da vida. É possível compreender que esta vida que se foi, tem um lugar para voltar.

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Este verso de hoje é um poema com íntima relação com a família Nagamatsu.
O título deste poema é ¨No ocultamento físico de Ei Nagamatsu¨. O Grande Mestre Nissen Shounin compôs este verso quando faleceu sua querida esposa, Ei Nagamatsu.
Ela viveu longo tempo com o Grande Mestre, dando suporte às atividades, servindo aos jovens sacerdotes, auxiliares e fiéis do templo Yusseiji em Quioto (atualmente, Matriz Mundial da HBS). Apesar do intenso trabalho religioso (gohoukou), ela tinha a saúde extremamente fraca. Recebeu muitas bênçãos enquanto fazia os gohoukous, mas acabou falecendo antes de Nissen Shounin.
Separar assim de uma pessoa que, além de esposa e companheira, acompanhou-o dia a dia dando-lhe todo o suporte ao seu trabalho religioso, mesmo para Nissen Shounin, um mestre religioso, é triste, é doloroso.
Porém, porém... seja triste, seja doloroso, seja duro e difícil, porém... é gratificante. Nissen Shounin, talvez em lágrimas de dor e de alegria ao mesmo tempo, cantou em seu verso:
¨Você, acumulou muitas virtudes em vida. Você confiou seu corpo ao Darma Sagrado. Sua alma está agora no mundo de Buda, retorna à eterna Terra Pura. Que gratificante!¨
Todos aqui devem ter pessoas que amam, e certamente sentiriam igualmente gratos se estas pessoas tão queridas fossem para um bom lugar. É claro que não temos a capacidade de saber o peso do nosso carma negativo, o tamanho da nossa heresia em relação ao Darma Sagrado, e qual será o nosso destino. Mas sabemos que o Odaimoku modifica nosso destino, nossa vida, nossa alma. O Odaimoku transforma tudo em goriyaku, em benção.
   O importante não é o tempo de vida. Se o tempo de vida foi longo, ou se foi curto. O importante é enquanto a pessoa viveu, quanto ela acumulou virtudes, quanto ela dedicou à missão de fé, quantas pessoas ajudou, quantas pessoas incentivou, quantas pessoas salvou. Apenas isso.
   A esposa do Grande Mestre Nissen Shounin, fez muitos gohoukous, acumulou muitas virtudes, recebeu muitas bênçãos, fez receber muitas bênçãos. A vida daquele que pratica a fé, assim como dedicou Ei Nagamatsu, não se encerra com a morte. A vida dela é de eterna gratidão. Ela com certeza está dizendo, ¨Arigatai, arigatou. Arigatougozaimassu!, pela possibilidade de ter feito gohoukou nesta breve vida¨.
   É apenas o Odaimoku, é apenas a fé, que transforma a dor da impermanência em uma grande força para viver, e transforma tudo em goriyaku, abençoando pela eternidade esta vida transitória.

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   O Grande Mestre Nitiren Daibossatsu, certa vez, escreveu uma carta a uma devota que perdeu seu esposo. Eu geralmente apresento esta carta do nosso mestre Nitiren a jovens casais quando celebro casamentos.
   ¨Você, agora, deve estar em prantos por seu marido ter partido tão cedo, deixando-lhe. Porém, dentro do ciclo do samsara, de infinitas vidas, sucessivos renascimentos pelo qual passamos, os parceiros com os quais tivemos elos já foram tão numerosos e infinitos quanto os grãos de areia de todos os oceanos. No entanto, o amor do marido desta vez, dessa vida, é autêntico, é amor real. É uma pessoa com o qual estará casada para a eternidade. Porque este marido lhe proporcionou um maravilhoso encontro com o Darma Sagrado de Buda. Juntos praticaram a fé. Juntos fizeram gohoukou. Por isso, é verdadeiro, é autêntico, é para a eternidade. Por ser assim, deves prestar o respeito que presta a Buda, também o mesmo respeito a seu estimado marido¨
  E assim foi dito.
  Esta é a eternidade que nós, devotos, encontramos dentro da impermanência da vida.

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Agora, perdemos 3 sacerdotes primordiais maravilhosos, 3 maravilhosos bispos.
Foi um acontecimento inacreditável, não é possível expressar em palavras o pesar deste acontecimento.
Porém, a vida e a morte de um sacerdote primordial em si é um gohoumon (prédica religiosa). Além disso, por terem sido 3 bispos que juntos viveram e faleceram, é um gohoumon, inimaginavelmente ainda mais importante, rigoroso e verdadeiro.
Eles apostaram a vida para nos ensinar. Nós tínhamos perdido a noção do que é a impermanência, da brevidade da vida...
Viveram e morreram, e então pegaram e viraram nossas cabeças para olharmos nossos próprios destinos, abriram nossos olhos para nosso próprio carma negativo e heresia.
Fizeram nos refletir: ¨Podemos fazer tanto! É possível praticar tanto mais a fé! Podemos dedicar mais e mais nos gohoukous, mas talvez não estamos dando a mínima para isto¨
Enquanto isto, o demônio da impermanência faz vítimas no mundo inteiro.
São mulheres e crianças que morrem em guerras intermináveis, terroristas que surgem de todos os cantos. E o coração das pessoas vão se desmantelando, se afastando cada vez mais umas das outras. Nós temos este maravilhoso Budismo Primordial para salvar tantas e tantas pessoas nesse turbilhão de sofrimentos, mas não estamos fazendo o tanto quanto poderíamos estar fazendo. Semear o Darma Sagrado, expandir os ensinamentos, não, não... ainda não estamos fazendo nada disso. Não o suficiente, não o quanto somos capazes!
Somos muito egoístas. Somos muito fracos. Estamos nos descuidado gravemente.
Vamos fazer agora a promessa. Ou refazer a nossa promessa de fé.
Nós recebemos uma grande lição deles para isto.
Vamos reagir agora mesmo ao gohoumon que eles apostaram a vida para nos pregar.

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No Nepal, graças a isto pudemos fazer um gohoukou de expansão.
Graças a fé, graças ao Odaimoku, da tristeza de uma morte surgiu numa nova semente de vida.
Um jovem do Japão, Akira Obara, morreu no Nepal, fazendo gohoukou. Porém, a morte dele nos abriu os olhos. E foi nessa hora que a expansão no Nepal deu uma guinada, realizando várias atividades após o terremoto que assolou o país. A ponto de no mês passado, em novembro, o Ministro de Relações Exteriores do Nepal elogiar e engrandecer a HBS.
O sacerdote Seigyou Correia (brasileiro), que está fazendo gohoukous no Nepal, lembrou-se daquilo que o Bispo Hakuze Ferreira lhe ensinou desde que ele era criança. E graças a isto, conseguiu prosseguir com as atividades no Nepal.
O Bispo Ferreira dizia:
¨Esforce sem ser egoísta ou caprichoso, pensando apenas em si próprio. Apenas faça! Não reclame ou fique fazendo biquinho. O gohoukou que ninguém quer fazer porque é sujo ou trabalhoso, este sim é que traz mais virtudes! Ande descalço, não precisa de chuveiro, viva 24 horas para o Gohouzen!¨
    Seigyou-shi lembrou-se destas palavras do Bispo Ferreira, e esforçava dia-a-dia no Nepal. Foi nesta terra onde nasceu Buda, no Nepal, que ele está ajudando a expandir o Sagrado Odaimoku.
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  Há um fiel no templo Myoshinji, de Yokohama, profundamente ligado ao Brasil, o sr. Hiroshi Koizumi. Ele, até final de novembro, havia feito 6 conversões. A promessa dele anual é sempre de 10 conversões. Ele já estava pensando que seria impossível cumprir este ano. Mas, quando ouviu sobre a morte dos 3 bispos brasileiros, ele ficou profundamente chocado, e chorando despertou a fé. Sentiu vergonha de sua postura de fé naquele momento, desistindo da promessa feito ao Gohouzen.
Ontem, recebi o e-mail dele, dizendo que havia concretizado 4 conversões.
Desta forma, a morte destes bispos, tem nos ensinado a correta fé a praticarmos.
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Assim como na carta do nosso Grande Mestre Nitiren Daibossatsu, devemos agradecer eternamente aos 3 nobres bispos, e respeitá-los como ao Buda.
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Há um ensinamento que diz:
¨Relembre-se da benção após se passarem 3 anos¨
A despedida triste desta vez, talvez não seja possível compreender neste exato momento, mas depois que se passarem 3 anos, ou talvez demore uns 100 anos, certamente entenderemos seu real significado.
Tudo dependerá de como conduziremos nossa fé e nosso gohoukou daqui para a frente.
O Grande Mestre Nissen Shounin nos ensina através da seguinte citação. Goshinan ni:
¨Se nos dermos conta de que, após a morte, retornamos ao lugar em que estão todas as virtudes acumuladas de uma vida inteira, orar o Odaimoku dia e noite será uma alegria sem fim. O Grande Mestre Nitiren Daibossatsu nos ensina ´Ora o Namumyouhourenguekyou, e retorna para dentro deste mesmo Odaimoku´¨.
E assim foi dito.
Apenas o Namumyouhourenguekyou, apenas a fé transforma a dor da impermanência, o sofrimento da morte em força para viver.
Se não praticar a fé, a vida pode se encerrar num vazio inexplicável, e a tristeza invadirá tudo.
ESTA É A HORA de praticar verdadeiramente a fé. De fazer da fé uma coisa real e verdadeira.
Se tiver fé, é possível sentir a eternidade e plenitude de uma vida. É possível compreender que esta vida que se foi, tem um lugar para voltar. Dentro das virtudes do Namumyouhourenguekyou.

”Abençoado mesmo é ser
Carregado pelo Odaimoku,
E assim poder retornar
Ao mundo do nobre Buda”

帰国できましたー

ご祈願くださっていた皆さまのおかげで、無事に帰国することが出来ました。


ひとまず松本御導師と妙深寺へ向かっております。


留守中のご奉公、ありがとうございました。


本当に、ありがとうございます。

2016年12月26日月曜日

12時間と2時間と11時間

大西洋を渡り、アルプスを越えて、無事にチューリッヒまで到着しました。


12時間弱のフライト。


行きのチューリッヒでは「妙深寺報」「本晨寺通信」「長松寺通信」の原稿を書くことが出来ました。


機内では時間があるのになかなか原稿が書けません。


日教寺での朝参詣、ご回向のお看経の様子、松本御導師の御法門を簡単に映像編集していました。


トランジットの待ち時間は約2時間。


もう後1時間足らずで搭乗です。


そして、また11時間のフライト。


帰国したら年末年始の怒涛のご奉公が待っていますが、今までよりさらに3人分、3倍のご奉公を誓うとなれば楽勝です。


松本御導師はブラジル滞在中からずっと咳が出ておられるので苦しそうで本当に心配です。


しかし、本当に有難い、お助行のご奉公となりました。


まだ生きていてもらわなければなりませんが、もし僕が残ったら、今回のご奉公を歎徳か弔辞で読み、讃えたいと思います。


本人にも言っているので、オッケーです(笑)。


「そんなんいらん」と言いそうですが、クタクタで言葉にならず。


あと少しですね。


彼らのことを思うと、なんてことありません。


そう申しておられます。


ありがとうございます。

涙の御法門

涙の御法門。


泣いて、泣いて、泣けて、泣けて、松本御導師の涙の御法門が、ブラジル中央寺院サンパウロ日教寺の本堂に響きました。


本堂中が涙に溢れました。


松本御導師のその温かいお気持ちは、全員に伝わったと思います。


ブラジルHBSは、かけがえの無いご住職方を失いました。


その損失、喪失は、みんなに深い哀しみを与えていたに違いありません。


御導師方も、教務さんも、奥さま方も、ご信者さんも、強い。


しかし、松本御導師の涙の御法門は、みんなの心にしまっていた哀しみを、深く深く癒してくれたのだと、局長さんや副局長が言っておられました。


心の底から。


こちらも心、あちらも心。


心しかないのだから。


異体同心。


これが異体同心。


学ばせていただきました。


高崎御導師がご挨拶くださいました。


「私たちは3人を失って、深く深く哀しんでおりました。しかし、今回ブラジルに来てくださったことで、本当に心から励まされました。


私たち教務は、これから一人ひとり3倍のご奉公をいたします。彼らの分までご奉公いたします。


ブラジルHBSにとって今回の出来事は大変な悲しみであり喪失ですが、このことが竹で言えば大きな重要な節となって、必ずやブラジルHBSのさらなる発展となるように、一層の信心改良をさせていただいて、ご弘通ご奉公に精進する覚悟です。


ありがとうございました。」


凄まじい御礼のご挨拶でした。


今回のご奉公で、何か皆さんのプラスになれば、もう言うことはありません。


最晩年の日博上人も、重篤な病を抱えながら、危機に陥っていたブラジル本門佛立宗のために渡航されました。


随行は長女の寿美江、小田原の佐野さんでした。


今回の大変な出来事にあたって、ブラジルに来させていただけたことは、日博上人の御50回忌の年にあって、報恩ご奉公の一分になったのではないかと愚考しています。


「我が身を下りて人を立て、徳は人にゆづりて、苦労は我に引き受くるやうにするを、本因妙と申し候」


危機にあって、馳せ参じるのが、普段お給仕いただいている者の在り方である、佛立教務である。


日博上人も先住日爽上人も、そのように教えておられました。


そして、最大の不幸を最高の幸せにするのが、このご信心である。


泥をなめろ、苦労を背負え。


泣き言は言うな、泣きながら笑え。


水に溺れる人を見れば共に水の中に入り、火に焼かれる人を見れば共に火に入って救うのだ、それが佛立の菩薩行だ。


この教えを聞いたことはあっても実践する人は少ないのです。


先師の歩んだ道を、そのとおりに歩むから、現証の御利益が次々と顕れて、ご弘通が進むのです。


これが佛立魂。


佛立の魂です。


「努々(ゆめゆめ)退く心なく、恐るる心なかれ」


大小の苦難や困難に遭い、そこで初めて肝を潰し、信心を破るような臆病でどうする。


いつも、言っているではないか。


いま、私たちが大きな苦難にあっていたとしても、無常は無常、昨日は人の上、今日は身の上、真実の道を真実に歩めば、必ずや無常の中に永遠を見る。


私も、教竜師、伯是師、教正師の分を背負って、これからさらに3倍のご奉公をさせていただこうと思います。


この出来事が、今年そのものが、人生の大きな節となって、さらに佛立仏教の興隆、広宣流布、一天四海皆帰妙法のために身命をなげうち、生まれ変わり死に変わりしてきた中で、「こんな生き方、はじめて出来た!」と言えるように、生き直したいと思います。


「泣き顔なんて、乗せたらあかんがな」


と言っておりますが、載せます(笑)。


いま、ブラジル教区の皆さんにお見送りいただいて、サンパウロの空港に入りました。


あと1時間ほど待って、スイス経由で日本に帰国します。


する予定です(汗)。


飛行機事故が相次いでいますので、何とか無事に帰国したいと思います。


ありがとうございます。


本当に、ありがとうございます。

今年もいよいよ大詰めですー

いよいよ「今年最後」のご奉公が続き、「よいお年を」というご挨拶をさせていただくようになりました。 今年最後の教区御講を終えた日曜日の夕方、横浜ランドマークタワーのスタジオで白井貴子さんをゲストにお迎えしてラジオの収録を行いました。ずっと聴いていたいほど大切なお話が盛りだくさん。 ...