2007年6月25日月曜日

スポーツから学んだこと 競争の中の選択

 やはり、恥ずかしいので、このくらいで一度やめておこう。今日は朝が門祖日隆大聖人のご命日ご修行御総講、夕方から今月最後の御講となる。

 ブログを見た方から、「ついにご住職の青春まで暴露してしまわれましたね。もう後がないですね~」とメールをいただてしまった(笑)。そのとおり。ついに貴重な青春時代まで暴露してしまった。どうしたものか。いや、なんのその。格好付けても、隠していても仕方ない。今となっては、これも尊いご信心をお伝えする一助にしなければならないし、もっともっとネタはあるのでご安心を(笑)。
 あの頃は、イケイケドンドン、海馬ゼロ、人間に進化する前の猿のようなものだった(笑)。今でこそ、何とか「全てがご奉公に結びついている」と思える(思おうとしている)が、それも今だから言える話。どこに飛んでいくか分からない風船のような私だったから、どれだけ両親や周り方々に心配をかけたか分からない(実際、こんな時代にも、周りの方々は寺内の御会式や門祖の慶讃ご奉公、開導百遠諱などのご奉公で一緒にご奉公してくださっていたのだから)。
 しかし、とにかくあらゆる経験が現在の糧になっていることは間違いない。今の私があるのは、全て御法さまのお陰、父や母のお陰、皆さまのお陰。心から感謝している。ありがたい!
 いま、ブログや寺報の巻頭言に難しいことを書くと、「いや~、ご住職はよく勉強されていますねぇ~」などと言われるのだが、それは大学卒業後のこと。学生時代というのは完全に脳みそが『潮焼け』していた。頭の中はジェットスキーのレースに勝つこと、学連や自分の所属するJET SKI TEAMを盛り上げることだけ考えていた。普通に、真面目にすることが出来なくて、破天荒にムチャクチャやっていた。そんなのが今では住職になってしまっているのだから、真面目な青春時代をお過ごしになった御導師や御講師方には申し訳ない。ホントです。
 とにかく、私は正真正銘の「不良信者」「不良教務」だった。ただ、「悪に強き者は善にも強し」という言葉を教えていただいて、そのエネルギーの向かう所を「菩薩行」に大転換して努力している最中なのである。
 一般的には「マリン・スポーツ」というとナンパなイメージになってしまうかもしれないが、私たちの場合は全く違っていた。それだけは言える。
 そこは非常にシリアスな勝負の世界だった。単なる「趣味」ではなく、「競技」に出て「勝つ」ことを目標にして練習し、腕を磨いていたからだ。
 レースというのは厳しい世界で、完全な実力勝負。コンスタントに勝ち続け、プレッシャーと戦い、身体を鍛え、体調を管理しなければならないし、年間のタイトルを取ることは極めて難しい。そういう「勝負、勝負」の世界を生き、経験できたことは何物にも代え難い貴重な人生経験、糧となった。
 あるレースの真っ最中、私たちの目の前で江戸川で一緒に練習していた仲間が亡くなった。1週間前に一緒に練習した仲間だった。衝撃的なことで、耐え難いショックを受けた。
 今のレギュレーション(ルール)ではどうなっているのか知らないが、その頃プロ・クラスは海に浮かべたタイヤ(ブイ)を飛ばなければならなかった。マシンはモディファイ(改造)されていて相当なスピードが出るのだが、そのままホーム・ストレート上に障害物として設置されているタイヤを全速力で飛び越えるのである。ここが一つの見せ場でもあり、順位の入れ替わるチャンスでもあった。
 私も、神津島のレースではこのタイヤに全速力で激突し、クラッシュした。そのまま海に浮かんだ。右手でアクセルだけ握り何とかコースから離脱して、浜に打ち上げられたから良かった。そのまま救急車で運ばれた。胸を強打して息が出来なくなり、ヒザの皮がパックリと割れていた。
 当然、なけなしのお金で買った当時のマシンは、ジンベイザメのように口が開いた状態になってしまっていた。(この時に壊れたマシンの前方部分は記念に保管している)
 亡くなった彼は、このタイヤ(ブイ)の部分で転倒し、浮かんだ後頭部を後ろから猛スピードで走ってきたマシンに突っ込まれた。海のスポーツで転倒すると頭だけが浮く。私たちはレースで頭にヘルメットを被り、背骨にはコルセット(脊椎ガード)を入れていたが、どうしても首だけは守れないのだ。
 海が真っ赤に染まり、我々は愕然となった。コース・マーシャルが彼の身体をジェットスキーで引いてきて、浜辺に揚げようとした。私たちはそこに駆け寄って、彼を抱きかかえて波打ち際から丘へと揚げた。ヘルメットの中から血が溢れていて、反応はなかった。ウェットスーツに血がベットリと付いた。女性が駆け寄ってきて、彼の胸を叩いて「ダメー!」と叫んだ。その声が浜辺に響き渡っていったのを今でも思い出す。
 そのまま救急車で運ばれていった彼。沈黙の浜。1時間くらい経っただろうか、死亡が確認されたと連絡があった。言葉を失った。頭の中が真っ白になった。その直前まではカーニバルのような騒ぎだったというのに。全く、何も考えられなくなってしまった。
 私の所属していたチームと学生連盟を代表して、確か若いのは二人だけでお通夜に参列した。その時、喪主の方々との会合が持たれ、私は学連の代表としてその場に座らされた。事故の原因を究明し、責任の所在をはっきりさせるためだったと思うが、それもはっきりと思い出せない。ただ、胸を叩いていた女性が彼の新婚の奥さんであり、妊娠しておられ、子ども産まれることを楽しみにしていたところだったと聞いた。
 その怒りとやり場のない感情で誰もがピリピリしていた。やはり誰だかはっきりとは覚えていないのだが、故人の関係者であろうの方から、「おい、学連のナガマツ、お前はどう思うんだ!どう感じているんだ!」と怒鳴られたのを覚えている。どう答えたのかは全く覚えていない。
 その後、私たちはレースに出る際に「誓約書」を書くようになった。協会からの誓約書はそれまでにもあったのだが、仲間同士で書こうということになり、これだけ危険なレースに自分の意志で参加しており、誰の過失でもないことを書いて、それにサインすることにした。 今から考えると滑稽にも思えるが、あの頃はそれほど真剣にスポーツに取り組んでいたし、恐ろしいくらいの緊張感があったのだ。
 プロになってレースに出ていた時、同じように事故があった。クラッシュした選手がバック・ストレートで顔を水につけたまま気絶していた。つまり、うつ伏せの状態で浮かんでいたのだ。
 しかし、誰も止まらなかった。助けにいくことはなかった。私も同様だった。海の上の大会では、安全対策のためにコースを巡回するコース・マーシャルが数人(台)いて、事故に備えているのだが、簡単には駆けつけられない。彼は非常に危険な状態だったが、「競争」しているのを投げ出して彼を救うという余裕はレースに参加している誰にもなかったのだ。
 レース後の選手会。選手としてのモラルが問われた。残念ながら、これもはっきりとは覚えていないのだが(海馬ゼロ)、この一件は深く深く残っている。
 つまり、「競争」と、「人間として為すべきこと」の両立について考えさせられた。このことを、父と夜中まで話し合った。
 その頃は、私はプロになっていたのだから、プロである以上「勝つ」こと「良い成績を残すこと」は至上命題であり、スポンサーのためにも必須のことだった。そこには、「人を思いやりましょう」「人助けしましょう」というような美辞麗句が届かない。視界が狭くなり、他人をかまっていられるか、ちょっとでも気持ちが弱くなったら負けてしまう、他人を押しのけても「勝つぞ、勝つぞ」で行かなければならない、と。
 しかし、それで良いのか。それだけで良いのか。これは、ジェットスキーのレースに限ったことではない。武士道やスポーツマン精神が教えているように、ルールではなく精神性、規制や規則ではなくモラル、人間性の問題なのだ。あまりに競争や成果主義が激しくなると、このことを誰も教えてくれなくなる。本人も感じられなくなる。そして、長い目でみれば結果的には惨めな結果しか残らなくなるというのに。「レースよりも大切なこと」、このことを忘れていたら、どんなタイトルを手にしたとしても、あるいは勝っても、負けても、大した意味がなくなってしまう。
 そのバランスをどう取るのか、レースに出ながら、競争しながら、「勝とう」と思いながら、ずっと頭を抱えていたように思う。ただ、そのことを先代のご住職は私に時間を掛けて教えてくださっていたし、ご信心とはこのことを教えられているのだと、後で気づくことが出来た。
 ある意味で、人生も勝負の連続。競争率の高い受験生や就職浪人だけの問題ではない。何歳になっても、極めて厳しい競争社会の中で、負けないように生きていかなければならない。少しでも気を抜いていると大変なことになる、出し抜かれる、追い抜かれる、騙される、と思って必死に走り続けている人がいるかも知れない。あるいは、「もう、いいや」と諦めている人もいるだろう。あるいは逆に、余裕があるなら「スローライフ」を貫ける人もいるだろう。どちらにしても、キビシイ世の中だ。
 しかし、こうした経験を通じて、競争社会、厳しい勝負の世界ですら、大切なものを見失わない生き方、心を豊かに保つ生き方、幸せになるための道について、深く深く考えさせてもらえるようになった。

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いよいよ「今年最後」のご奉公が続き、「よいお年を」というご挨拶をさせていただくようになりました。 今年最後の教区御講を終えた日曜日の夕方、横浜ランドマークタワーのスタジオで白井貴子さんをゲストにお迎えしてラジオの収録を行いました。ずっと聴いていたいほど大切なお話が盛りだくさん。 ...