2007年6月18日月曜日

我が親愛なるジョン・レノン

 私はジョン・レノンが好きだ。いや、好きだを通り越している。今、身体が重たくて仕方がないので、You Tubeでジョンの声を聞き、ビデオを見ていた。

 3年前、アメリカ横断をしていた時、最終目的地のニューヨークで彼が凶弾に倒れた場所を訪れた。セントラルパークに隣接したダゴダアパートの前。私はそこで彼を想いながら御題目をお唱えした。

 私は、彼ほど仏教的である表現者はいないと確信している。それは、「イマジン」の中に宗教を否定した歌詞があるとか、天国もないと言ったとか、彼がインドのヒンドゥー教に傾倒していたとか、「ゴッド」の中でイエスもブッダも信じないと明言しているとか、そういうことでは分からない。ある意味では、宗教が人々の思考を停止させ、人間らしさを奪うこともあるではないか。宗教による選民思想が人種間の軋轢を生み出し、聖地を奪還するために多くの血が流されることもあるではないか。そういう意味では、「イマジン」や「ゴッド」に書かれた歌詞を超えて、私はジョンを理解したいし、理解すべきだと思っている。真の宗教はあらゆる意味で「普遍」でなければならぬのだから。
 彼の生涯をつぶさに見聞きして、私は仏教的というよりも「佛立的」であると思うのだ。

 

 こうした動画がどうして見れるのかは分からない。しかし、私のような者にとっては、You Tubeで見れることは有難いとしか言えない。



 私は、「唯一聞いても良いクリスマス・ソング」と周りにも言っているのだが、彼が皮肉たっぷりで書いた「Happy Xmas (War Is Over)」に込められたメッセージを大切に思っている。
 最近、オノ・ヨーコさんが監修したであろう「レノン・レジェンド」というフィルム(DVD)が発売された。私はそれを買い、とても感動したのだが、その映像までYou Tubeにあるとは。何ということだ。しかし、是非このブログで紹介したいと思ってしまった。
 この「Happy Xmas (War Is Over)」の映像は、ジョンと一体とも言えるヨーコさんが製作されたものだが、かなり衝撃的なシーンもあるので見たくない方は避けた方が良いかもしれない。しかし、世界の現実である。戦争や紛争、テロに翻弄される人々、そして愚かな人類の歴史を振り返ることができる。

 私は、これを一般的な「クリスマスソング」とは思っていない。そう思うのは無知すぎるのではないか。
 第一次世界大戦も、従軍した若者たちは「クリスマスまでには帰れる」と希望を抱いて戦地に行った。結局多くの若者たちが故郷に帰ることなく散っていった。
 また、戦争している双方の国の兵士たちが、「神」の名が刻まれたバックルや煙草ケースを支給されて持っていた。神や宗教が、戦争という愚行を助長していることも分かるはずだ。
 戦争が繰り返され、愛すべき子どもたちまでが傷つき、家族が離散する。「そんなことになっているのに、クリスマス」。突き詰めれば、そういう歌だと思う。
 西欧の神。一神教。私にはジョンがキリスト教への宗教心やイエスが生まれたことを賛美する心からこの歌を書いたとは思えない。彼一流(ヨーコさんも)のたっぷりと皮肉と愛、理想と思想と情熱から出た歌詞なのだと思っている。
 そして、私は思う。この歌から「なにがクリスマスですか?何がめでたいの?」というメッセージを感じるのだ。子どもたちに、一般的な年間行事として「クリスマスおめでとう」と言っているけれど、ヨーコさんが製作したであろうレノン・レジェンドのこの歌の映像は、最も激しく恐ろしい。教えるべきことは「War is Over if you want it(キミさえ望めば戦争なんて終わるんだよ)」ということであった。

 仏教は唯一宗教戦争を起こさなかった宗教と言われている。「いや、仏教国である日本も太平洋戦争をしたではないか」と言う人があるかも知れないが、「仏教そのものに戦争を助長・賛美する教えは全くなく、それは完全なる誤解である」と答える。聖書の中のヨシュア記等を読めば、どれだけ「戦い」を助長するDNAがユダヤ教、キリスト教、イスラム教にあるか分かるだろう。いや、ここで書いても仕方がない。
 いつも言っているように、「素敵な宇宙船・地球号」ということは、実は御仏が説かれた法華経本門の教え、お祖師さまの宗教の中にしか無いではないか。あらゆる諸天善神、諸仏、諸宗教を一つに結び、宇宙の在るべき姿を解き明かされ、人種も、地位も、何ら関係なく、「たった一つの乗り物(一仏乗)」の教えであることを御仏自らが明言された教えなのだ。
 そういうことを考えながら、私はジョン・レノンの曲を聴き、その歌詞と対比して御仏やお祖師さまの教え、思想を思い起こし、明日へのご弘通の活力・エネルギーが湧いてくるのだ。単純に「謗法だ」などと切り捨てたくない。

翻訳した歌詞を下に載せてみた。
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(クリスマスおめでとう、キョウコ。クリスマスおめでとう、ジュリアン)

そういうわけでクリスマス、、、
キミらの今年はどうだっただろう
また一年が終わってしまい
新しい年が始まるよ
そういうわけでクリスマス、、、
楽しくやって欲しいんだ
親しい人、愛しい人
お年寄りでも若くても

とても楽しいクリスマス、、、
そして幸せな新年とがくるように
みんなで、一緒に願おうよ
なにも脅えずにすむような

そう今日はクリスマス、、、
負け組にも勝ち組にも
お金持ちでも貧乏でも
この世はすごく変だから
そうせめて楽しいクリスマスを

白人にも黒人にも
黄色人種にもネイチブにも
喧嘩なんか止めようよ

とても楽しいクリスマス、、、
と幸せな新年とがくるように
みんなで、一緒に願おうよ
なにも脅えずにすむような

そういうわけクリスマス、、、
僕らの今年はどうだっただろう
また一年が終わってしまい
新しい年が始まるよ

そういうわけクリスマス、、、
楽しくやって欲しいんだ
親しい人、愛しい人
お年寄りでも若くても

とても楽しいクリスマス、、、
と幸せな新年とがくるように
みんなで、一緒に願おうよ
なにも脅えずにすむような
戦争は終わるんだ
君が望みさえするならば
戦争は終わるんだ
たった今すぐに



 こんなにブログの中に「クリスマス」という言葉を書いたら叱られるだろうか。いや、この「Happy Xmas (War Is Over)」のビデオを見てもらったら分かってくれると信じている。
 他にも好きな曲はたくさんあるのだが、それを書き出したら終わらない。

 常々、私は「裸で立てる人間が一番強い」と思っている。脚色したり、背伸びすることも時には必要なのかも知れないが、結局そんなことを繰り返していたら自分が弱くなってしまう。だから、ありのままの自分を磨くということしかなくなる。自分の愚かさやマイナスも含めて、全てテーブルの上にあげて、素直に過ちや誤りを認め、そこにしっかり足をつけて、その上で為すべきこと、果たすべきこと、夢や理想に向かって必死に生きていけば良いと思う。そういう人間が最も強いのだし、それこそ仏教的な生き方、人生観だと思う。
 私は、ジョンが自分の過去や過ちを含めて、まさに裸で立ち、理想に向けて生きていたことを素晴らしいと思うのだ。

 そして、この「マザー」という曲も、彼が自分の両親への思い、少年の頃の心の傷を歌っていて、私はいつも胸をしめつけられる。





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