2007年6月22日金曜日

18才と19才の時の写真

 話の中では何度かヤンチャな青春時代について書いたが、なかなか想像つきにくいと思う。

 いや、自分でも想像できないくらいあれよあれよという間にコロコロと転がるような人生だったのだから赤の他人には全く想像や理解が出来ないのは当たり前だと思う。

 真面目な小学生が中学校で不良になり、何度も何度も学校で問題を起こし、家庭裁判所にまで行った。その後、少しは更正して海の仲間と出会った。

 最初に海に行った時のことは、今でも仲間の笑いのネタだ。

 海になんて、中学校の悪い友達と三浦海岸に行ったくらいしかなかった私は、高校で出会ったサーファーの友人に連れて行かれた大磯にも、その時と同じような格好で行けばいいと思いこんでいた。ヤンキーが海に行くような「ファッション」である。

 そして私は『網サン(網で出来たオバさんサンダルのことで、ヤンキーはこのサンダルに金具を付けてチャリチャリと音を立てて歩く)』を履いて、タバコのLARKの赤い(!)紙袋で行ったのだった。(うわー、恥ずかしい)

 当時、白いヘインズのTシャツにジーンズという爽やかな格好が普通のサーファーのスタイルだったのだから、これは衝撃的だった。駅であった友人にゲラゲラ笑われた。当たり前だ。いま、思い出しても恥ずかしい。(この他にも私の青春時代には人に語れないような恥ずかしいことは山ほどある。たとえば、ボーイスカウトのキャンプに始めて行った時のこともそうだ。お坊ちゃま育ちの私は夜になって「家に帰りたいよー」とホームシックになって泣いたのだ。今でも妙深寺のボーイスカウト横浜35団のOBから現役にまで笑われている。トホホ、である)

 しかも、その時、友人からウェットスーツを借りて海に入った訳だが、私はそんな海女さんのようなものを着たことがないし、見たこともなかった。(格好わる!)

 「これ着ろよ」と爽やかな笑顔で貸してくれた友人に御礼を言って西湘バイパスの高架の下で着替え、波打ち際にいるみんなの所に行った。

 すると、みんなが「ギャハー!」と笑うのである。「なんで、なんで笑うの?」と思っていると、ゲラゲラ笑いながら友人の一人が、「ナガマツ!お前、ウェット逆だよぉ!ガハハハハ」と言うのである。

 ナ、ナ、ナント、「え?なんで?どこが?まさか?」と思っていると、確かに「ありゃりゃ、そうか」と気づいたのである。お坊ちゃまの私には分からなかったのだが、洋服のボタンを留めるのは前に決まっているではないか。ところが、ウェットというのは違うのである。チャックが付いていたから、当たり前のようにチャックが前にくるように着たのだが、ウェットスーツはチャックを後ろにするのである。

 つまり、私は「なんでかなー、キッついのー」と思ってギューギューになりながらウェットスーツを着たのだが、それは逆だったからなのだ。おしりの部分は股間の前に着ているのだから、たまったものではない。

 みんなの笑いは全く止まらず、浜辺で呆然とする私。そそくさと高架の下に股間を押さえて走って着直したのであった。

 どう?面白いですか?難しい話が続いたらいけないと思って、こんな自虐ネタを入れてみました。

 まぁ、情けない話。ヤンキーの格好をして、網サンを履いて紙袋で海に行くサーファーがいますか?ウェットを反対に着るなんて。それを見て笑う男友だちやその友だちの女の子たち。こっ恥ずかしいったらありゃしません。

 とまぁ、こんなことが続きつつ、めげない私は持ち前のセンスでメキメキ波乗りの腕を上げ、まさに湘南のサーファーとして成長していったのだった。最初の写真はたぶん18才くらいの写真で、既に大学に行くために勉強に専念(?)していて、あまり海には行っていなかったと思うのだが、部屋の中で撮った写真である。どこに私がいるか分かります?分からないでしょうね。ホント。ヤンキーも3年経って、海の男の雰囲気が出てきて、こんなに成長したのでした。

 上半身裸の男の子が私なのである。あぁ、素敵。

 そうやって波乗りからジェットスキーまで、海のスポーツをするようになり、高校時代、大学時代と駆け抜けて、そして本山での修行、先住のお怪我、横浜でのご奉公、お寺を離れて社会での生活、お寺に戻ってのご奉公、先住の御遷化、住職就任、そして今、と私ですら目が回りそうなくらいだから、みなさんが想像付かないのも当たり前。

 私もこういう写真を見ていて「はぁ?」と不思議に思う。まぁ、開き直って、ちょっと今日はハードディスクから秘蔵の写真を出してみた。(だって、たまにはこういうのを書かないとつまらないでしょ)

 大学に入ってすぐ、ジェットスキーをはじめたのは前にも書いたとおり。友人10人と2台のジェットスキーを買ってローンを支払いながら順番に練習していた。真冬には母のお便所掃除のビニール手袋とストッキングを夏用のウェットスーツに着けて(その当時はちゃんと着れるようになっていた)ジェットスキーに積もった雪を払って練習していた。

 もう、このスポーツに私は没頭しました。その頃の大親友である久男くんは、高知の出身でいつも一緒にいた。 上の写真の右側が久男くんで、左側が私。

 持つべきものは友だちで、私は本当に友だちに恵まれ、たくさんのことを学ばせてもらった。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

おはようございます!
朝から笑わせていただきました。
有難うございます♪

たしか御住職と私は学年が一つ違い。
私も海が近くにある宮城県石巻市の高校でしたが、その当時はもう世の中すっかりDCブランドブーム。けっこうみんなお洒落に目覚めていたころですよね。
ヤンキースタイルの御住職…ある意味、スゴイ!人に歴史ありですね~。

しかし、何一つ無駄なものはありませんね。
そうやって貴重な経験させていただいて
人と関わっていけるのですから。
有難~い!

Seijun Nagamatsu さんのコメント...

 お恥ずかしい。
 今日も、いつも一緒にご奉公していただいている方から楽しいメールをいただいたのですが、そこに「申し訳ないのですが、こちらはビックリの連続、一体どなたが御住職なのか一生懸命拝見しても、わからず仕舞いの私をどうぞ、お許しください。ついにご住職の青春まで暴露してしまわれましたね。もう後がないですね~」って(笑)。
 いや、まだまだネタはあるのです。でも、あまりに書くと逆効果。ブログの意味がない!ということになっても困るんですよね。
 仰るとおり、無駄なことってありませんね。そう思います。無駄にしないように、活かせるように頑張ります。
 有難い!

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